他の人のブログでドイツの地下鉄の話を読んで、ずーっと前にパリ滞在中にドイツに足を伸ばした時のことを思い出した。
当時パリでは、メトロの入口には厳重な (無賃乗車対策の通り抜けできない構造の、非常時には改札内の人は全員閉じ込められたまま脱出できないんじゃないかと不安になるような牢状の) 改札があって、それでもその改札を切符なしに強引にアクロバティックに突破している人たちが時々いたけれど、
ドイツの地下鉄では、無賃乗車対策改札どころか、改札らしい改札がないのに、みんなきちんと切符を買っているらしくて感心したものだった。
同じようなことは自動販売機にも言えて、パリでは自販機は片っ端から壊されて中のお金を盗まれるそうで、自販機はほとんど見当たらないか、あっても壊れたまま放置されていたけれど、
ドイツでは、新聞の自販機なども、一見「販売機」に見えたけれど近寄ってみると横のボックスにお金を入れて新聞を取るといういわゆる無人販売所方式で、それでもみんなきちんとお金を入れて、もちろん、先に入っているお金を取り出そうとする人なんかいないようで、すぐそばのパリとの国民性の違いが印象的だった。
ついでに、この間聞いた、国民性を表す有名なジョークを。
ある豪華客船で火災が発生した。
船長は人々に海に逃げるように指示したけれど、誰も飛び込まない。
そこで船長は、みんなをスムーズに海に飛び込ませるために、各国民性に合わせて説得することにした。
イギリス人には、「紳士はこういう時に飛び込むものです」 と言うと、スムーズに飛び込んでいった。
以下同様、
ドイツ人には、「規則では、飛び込むことになっています」、
イタリア人には、「さっき美女が飛び込みましたよ」、
アメリカ人には、「飛び込んだらヒーローになれますよ」、
フランス人には、「決して海に飛び込まないで下さい」、
そして日本人には、「みんなもう飛び込みましたよ」。
ここでも、フランス人とドイツ人は正反対。
(これ以外にも、
中国人には、「おいしそうな魚が泳いでましたよ」
ロシア人には、「ウォッカの瓶が流されてしまいました。今追えば間に合います」
北朝鮮人には、「共和国に帰らなくてすみますよ」
というのもあるらしい。)
私はというと、「規則では、飛び込むことになっています」と言われると素直に飛び込みそうだ。
そのせいか、パリでいた間は店の人たちと口論ばかりしていた。
なんでちゃんとすべきことをしないんだ、なんでこんな当たり前のことが通じないんだ、と、店の人たちに苛立ってばかり。
パリで数ヶ月過ごした後にドイツに行った時には、開放的で柔らかな空気が心地よく (私が勝手にパリでピリピリしていただけかもしれないけれど)、
清潔な街並みが気持ちよく (パリの舗道は犬のウンチだらけ。しかもパリ人は靴紐を結ぶ時などに、真ん中に小さな紙をくるっと巻いただけの裸のバゲット(フランスパン)を平気でそんな地面に置く)、
穏やかで親切な人々が暖かくて (パリでは、たまにいる日本人女性好きの男性達を除くと、ふたことめには 「フランス語がよくわからないなら、さっさと自分の国に帰りな!」 だった)、
なんて素敵な国だろうと思った。
学生の頃は自堕落なフランスにあこがれていたんだけれど、それはただ、怠慢でだらしない自分をそれらしく称するための言い訳だったかも。