夜、0時をまわっていることに気が付いて
「この12時間、私はこの席に座っていったい何をしていたんだろう」 と考えた途端に、何かあやういものを感じて、
帰らなければ、と慌てて立ち上がって、トイレに行きたくなっていることに気付いてトイレに入って、しゃがんで用を足し始めた途端に、現実感が遠のいた。
ここ2,3日、何かもやもやしていて不安定でどこかおかしい、と思っていたら、これだったのか。
夜中の事務所のトイレは、NGスポット。
普段から時々、解離が起こりかける。
なぜトイレなのか、しかもなぜ事務所のトイレ限定なのか、理由はサッパリ。
用を足しているんだけど、身体感覚が希薄になって現実感が消えて、夢の中で用を足しているような感覚になる。
夢の中で 「これは夢なんだ、起きなきゃ、起きなきゃ」 と思う時の身体感覚に非常に近い。
今私は本当にこのトイレで用を足しているんだろうか、実際にはベッドで眠っているんじゃないだろうか、そのうちじゅわんと太ももあたりが生暖かくなって目が覚めるんじゃないだろうか、ベッドの中ならまだしも、もしかしたら街中の交差点でしゃがみこんで用を足そうとしているんじゃないだろうか…、と不安になり、何度も周りを見回して、壁のシミやトイレットペーパーホルダーの細部を眺めてそれが現実のものだと確かめようとするけれど、やっぱり確証がなく、体を叩いたりつまんだり強くこすったりしてみても、感覚がはっきりせず現実感が戻ってこない。
不安なまま用を足して (あるいは中断して)、「落ち着いて。大丈夫だから。ちゃんとここにいるから」、と自分に言い聞かせながら、拭いて、服を整えて、手を洗ってその場を離れようとするけれど、慌ててしまって動作がバラバラでぐしゃぐしゃ。
「もしトイレの中じゃなく実際は人前にいるんだとしたら、それこそちゃんとしておかなきゃ」と言い聞かせながらも、服もぐしゃぐしゃ。
トイレを出ても解離感(離人感?)は治まらず、見慣れた事務所は、置いてある物も何もかも確かにいつもと同じだけれど、明らかに異空間で、妙に遠のいて感じられて、とても本物の事務所とは思えない。
そのまま外に飛び出してはっきりした物を見て感じて目を覚ましたいと思うけれど、
「違うんだ、脳が何か情報処理を間違えているだけなんだ、これが本物なんだ」
「こんな時刻に何もかも放り出して事務所を開け放したまま出て行ってはいけない。
もしこれが夢や幻覚だったとしても、ちゃんとしておいて間違いはないんだから、きちんとファイルを片付けて戸締りして荷物を持って明かりを消して鍵をかけて出て行かないと」と、曖昧な頭で考えて、つかんでいる現実のしっぽを決して手放さないようにと意識しながら、見慣れた物に似ているけれどなじみのない机に戻って片付けてPCの電源を落として、見慣れた物に似ているけれどなじみのない棚に鍵をかけて、似ているけれどなじみのないカバンを持って、似ているけれどなじみのない事務所を後にした。
駐車場までの夜道は暗過ぎて、普段から足元も覚束なくて何もかもはっきりしないけれど、夜中のひんやりした空気は少しずつ皮膚感覚を取り戻させてくれる。
車に乗り込んでエンジンをかけると、古い車の大きなエンジン音と強い振動が身体を外側から揺さぶってくれて、ひと気のない道路をゆっくり走り始めると、元々の運転時の「正常な解離」との区別がつかないほどに治まってきた。
とりあえず帰って眠ろう。
いやいや、生協の商品を取りに行かなきゃ。