包丁を新調した。
これまで使っていたのは、親元を出てアパートに着いてから包丁がないことに気が付いて、Rの店の特価品を間に合わせに買って帰ってもらった数百円の三徳包丁。
ステンレスの刃に青字で商品名がプリントされた見るからに安っぽいもので、柄の部分も苦手な色合いの茶色の合板。
安物だからすぐにだめになるだろうしその時に気に入ったものに買い替えればいいやと、甘く見ていたら、20年経ってもまだまだ健在で、「しまった。このままでは一生この間に合わせを使い続けることになるかも」と覚悟を決めていた。
そんな折、刃が切れなくなってきたしまたそろそろ砥がなきゃ、と思っていたところで、親類から出産内祝いでもらったカタログギフトに好みの姿の包丁が載っていた。
「伝統的な鎚目模様の古流仕上げ」という刃に、白木(朴の木)の柄。
刃には商品名のプリントではなく銘柄が刻印されている。
「名刀の里として知られる岐阜県 関の包丁」の、「暁里 古流三徳・刺身包丁」というものらしい。
今と同じステンレス製だけれど、少なくとも今の数百円よりは上等だし、これなら一生使っても悔いはない。
ちょうど刺身包丁も何年も前から柄が取れた状態で、修理してもらえる店を探そうと思ったまま放ってある。
「この機会を逃したら、きっと一生、この好みじゃない包丁を使い続けることになるだろう」
「けれど、まだ使える包丁を処分するのは抵抗があるし、かと言って三徳包丁を二本も持ってるのは邪魔だし」
「でも第一このカタログには、他に欲しいものが見当たらない。とりあえずで選べるような消耗品や食品も載っていない。なら、もう、この包丁にするしかないんじゃないか」
数週間迷い続けて、やっと申し込みハガキを書いた。
届いた箱を開けて、「あれ?」
なんだか印象が違う。
ああ、刃の模様が、カタログの写真では両方とも実際に鉄を打ったような鎚目だったのに、届いたものはそれぞれ写真とは違う、成型されたような模様になっている。
三徳の方は窪みの縁が鋭角で底が平らな型押し風で、柳刃の方はパンチングのような不自然な球形。
まあそれでも、今までの包丁とは雲泥の差だし、元の写真を見ていなければ、これで充分。
刺身包丁の鎚目模様は、一面に叩かれたように波打っている三徳包丁とは違って、ぽつぽつと降り出したばかりの雨粒のよう。
これはこれでかわいい。
あ、そうだ!
事務所の包丁が刃こぼれしているんだった。
ごくたまに果物を切るくらいにしか使わないから買い替えずに来たけれど、これを処分して家の古いのを事務所に持ってきたらいいんだ。
解決。
なお、この新しい包丁で最初に切ったのは、自分の右手。
お約束。