ADHD,アスペルガー症候群,インテリア,雑貨

ゆがんだもの レトロなもの
by カリノ
記録魔。保存魔。依存体質。プラシーボ体質。
片付けられない人間。
アスペルガー+ADHD。




汚部屋写真はこちら

karino.exblog.jp/18010845/




ブログタイトルをクリックすると最新記事30件が表示されます

(「タグ」「以前の記事」一覧も目次の下に本文が30件ずつ表示されます)




ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村


カウンター
[PR] キーワード広告

カテゴリ
全体
モノ 家 雑貨 蒐集
A-spectrumの脳みそ
ARTS、CINEMA、BOOKS
異文化の人たち 日本語
WEB、PCなど
好きなこと
R
日記
 
一時避難
一時避難2
未分類
タグ
(345)
(290)
(120)
(69)
(57)
(48)
(45)
(39)
(33)
(33)
(22)
(18)
(8)
(7)
(7)
(5)
A-spectrumの脳みそ参考リンク
■ADHD
■アスペルガー症候群(AS)
■高機能広汎性発達障碍(HF-PDD)

■ オマケ
 フロンティア★ADHD
 (漫画で解説★ADHD)



検索エラーがよく起きます。
「キーワードに一致する結果が見つかりません」と出た時は、そのままの画面でもう一度「検索」ボタンをクリックしてみて下さい。
 
検索
以前の記事
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
記事ランキング
ライフログ
ブログジャンル
お気に入りブログ
夢見るかえる 
KHAKI DAYS
ふるふる、ぐるぐる
七味とうがらし
カメラの記憶
Clov's Kitchen
PG
ばーさんがじーさんに作る食卓
また同じ映画をみてしまわ...
村人生活@ スペイン
No Blog,No L...
r-photo
O, Sancta si...
糸巻きパレットガーデン  
r-note
Kumatetsu Ga...
ヒビノアワ
くらしの手帖
堂本陶工房 日記
やっぱり・・旅へ
岩室温泉・松屋の幸せありがとう
SoL ~ Slice ...
窓の向こう側
kingstone Photo
リンク
・iStock:Linoleums
・PINGOO!:カリノ トウコ
・Pinterest:Karino Tohko
・Untitled
(tumblr Gallery : Untitled)

・裏ルンタ
・50になってもまんがを描いている (AHOHO!!!)
・Karachi’s Homepage
・inclusion
・変貌する歌声たちへのオマージュ
・片付けられない女魂
・おそらくその平凡こそ幸せ
・OIKAWA,Satoko blog
・X51.ORG
・a_a 
・夢で、逢いませう
・The Art Notes to the Swan of Tuonela トゥオネラの白鳥に捧ぐ鑑賞ノート
・廃墟ディスカバリー
・午前3時、万年床で見る光芒
・舟橋英次 迷宮の世界
・気がつけば82歳
・みたらしだんごのにおい
・汚部屋だらけの家を綺麗に
・ほんわかぽにょぽにょ
・とりあえず俺と踊ろう new!


リンクはご自由にどうぞ。
連絡は不要です。

Mail
メールはこちらまで
ブログ専用アドレスでたまにしかチェックしないので、返事が遅れがちです。すみません。
  





このページをよく読んでくれている人が「よく読んでいる」ブログが表示されるそうです。
試しに貼ってみました。
あわせて読みたい





この日記のはてなブックマーク

テキスト庵
AX

Googleボットチェッカー




PVアクセスランキング にほんブログ村














タグ:眼科手術 ( 22 ) タグの人気記事
2016年 10月 29日
左目の異変と右目の後発白内障レーザー治療

更新遅くなりましたが、右目レーザー治療、無事終わりました。
以下、覚え書き。


右目の後発白内障のレーザ治療を翌々日に控えた日曜日の午後、iPhoneの画面を見た時に、左目中央の見え方の異変に気が付いた。
右目の黄斑円孔の時とは違う異変。
視界の中央が丸くぼやけている。
iPhoneを普通に手に持って見る距離で、画面上で直径8mmくらい、文字数にして上下左右に約5文字分ほどが、丸くぼかしフィルタをかけたように、きれいな正円にぼやけている。
片目ずつで確認すると、ぼやけているのは左目だけ。
右目は中心部分が歪んで全体に薄っすら霞がかかったようになっているものの、文字の輪郭線は、中心部分も周辺も同じ。
白く発光した画面にグレイの文字が並ぶページを見ていたので、そのぼやけた円部分は少し暗く見えたけれど、そのまま視線を壁に移すと、中心の円部分だけが白く発光するように明るく見えて(たぶん残像)、目を細めると、その円の中に虹彩のような放射状の濃淡が現れて、その虹彩模様がぎらぎら光っているように見える。

検索したところ、視点の中心部分だけがぼやけるのは、黄斑変性の可能性が高そう。
三年前に手術した黄斑円孔とは違って黄斑変性には効果的な手術や治療法がなく、失明の怖れもあると読んでびびる。
けど、まだ黄斑変性だと決まったわけではないし、たとえそうだとしても、普通に見ているだけでは全く気付かないような極々わずかな異変だから、まだ超初期の段階のはず。
黄斑円孔や後発性白内障に気付いた時よりもわずかな変化なので、これも、眼底検査してもそれらしいものはまだほとんど見当たらない可能性が高い。
これ以上症状が進みませんように。
あさって先生に話してみよう。
もしもの場合に備えて、この日、汚れがたまっていた台所の床掃除をして(うん、まだ習慣付いてない)ベッドにかかっていたリネン類を総洗濯して、黄斑変性の予防にルテインが効果的だと聞いて三年前に飲んでいたサプリを買いに出た。


f0000211_20542564.jpg
f0000211_20545650.jpg




f0000211_20562614.jpg
翌々日、行きつけの眼科の紹介状を持って、後発白内障のレーザー治療へ。

検眼室で眼圧や視力を測定してから助手の方(?)の問診を受け、左目にも新たな異変があったことを伝えて両眼の眼底検査を受けて、その画像と共に担当医の診察。
その後廊下に出て呼ばれるのを待っていると、先の助手の方から、治療の説明があった。
「YAGレーザー(ヤグレーザー)というレーザーを使っての簡単な治療ですが、まれに治療後に網膜剥離を起こすことがあります」
「えっ、そんなリスクがあるなら、今でも充分見えてるし…」
「あ、いえ、滅多にないことで、私も一度もそういうパターンに出会った経験はありませんから、まあ大丈夫です」
20代くらいの若い人なのでまだ経験数年だろうし、むしろその年齢で出会っていたら確率高過ぎてこわいよ…。


覚悟を決めて承諾書にサインして、その人の後についてレーザー治療室へ。
「ではそちらに座ってここにあごを乗せて、真っ直ぐ前を見ていて下さい」
先生が来る前にこの人がレーザーの準備をするのかな。
じっと目を見開いているうちにまばたきしそうになって、向こう側から目の中に向かって何かしているふうなので「まばたきしてはいけないですよね…?」と訊くと、
「レンズを貼りつけてまばたきできなくするので、大丈夫です」。
よかった…いや、貼りつける? まぶたに? 眼球に? どんなふうに?? 今そのレンズを貼りつけようとしてるの?? このカチカチ言ってる音はレンズを貼りつけてる音…? もうまばたきできない状態になってるの? ああ、まぶたは閉じなくても黒目が上にひっくり返りそうになるけど大丈夫かな…
そんなことをぐるぐる考えているうちに、
「はい、あごを外してください」
レーザー治療に必要なレンズがはまったのか、と思ったら、
「では外に出て診察室の前でお待ちください」
え?
きょとんとしていたら、
「終わりましたので、どうぞ」
「あの…もうレーザー治療も終わったんですか…?」
「はい」
レンズは…と思わず右目の方にそっと手をやるけれど、もちろん何も手に触れない。
レーザー室に入ってから、わずか数分。
っていうか、説明・承諾書に名前があった医師は??(診察室で話した担当医とは別の名前が書かれていた)
今治療してくれたこの人は「立会人」に名前があった人だよね?(立会人だけ女性名だった)
え? え?
「今はまだ薬が効いているので視界がぼやけてると思いますが、数時間したらよく見えるようになりますので」
「ありがとうございました…」と言いつつ戸惑いつつ外に出て、再び診察室へ。

再度機械で目の中を覗き込んで確認して、「はい、大丈夫です。どうぞ」と、くるりとデスクに向き直る担当医。
「えっと…この後は…」
「今回はこれで終わりですので、また何かありましたら、行きつけの眼科の方で診てもらってください」
あまりにもあっさり終わって拍子抜け。


病院を出て迎えにきてくれたRの車に乗り込もうとした瞬間、
「えっ、何 これ…?」
治療した側の目の中で光が瞬くのが見えていて驚いた。
木漏れ日が風でちらちら揺れるような感じが、十数秒間。
眼圧を抑える目薬のせい?
もしかしたら治療後ずっと瞬いていたのが、急に日陰に入ったから見えただけ?
瞬きのペースが脈打つように速い。
目の後ろの血流が見えているような気もする。
急に動いて血が巡りだしてそれが見えてる…?

しばらくして、視界にいくつか浮遊する真っ黒な点が見えるのにも気が付いた。
「確か、網膜剥離の初期症状もこんなふうな…」とびびりながら検索してみたら、レーザー治療後、破れた膜のかすなどが漂っているのが見えることがあるらしく、黒い点が増えたり大きくなっていったりしなければ問題ないらしい。
そういえば、この真黒な点、黄斑円孔の手術後にも見えてたっけ。
あの手術後も、白い壁を見ると黄斑のような同心円が見えたり、目の奥の毛細血管のような模様がぎらぎら見えたり、いろんなものが見えてたんだった。
ちょっとした擦り傷でも皮膚の表面の様子が変わるんだから、目の中をいじったりしたら、普段と様子の違うものが見えて当然か。

ああそうだ、質問した左目の方は結局、担当医にもレーザーしてくれた人にも何も言われなかった。
眼底検査でまだ何も見つからなかったってことだろうから、これ以上症状が進まなかったら大丈夫かな…。


治療後数時間は両目とも散瞳剤が効いていてよく分からなかったけれど、午後、建物から外に出たとき、日の当たった世界があまりにくっきりと色鮮やかで感激した。
こんなに見えるものかと。
世界はこんなに鮮やかだったのかと。
後発白内障はまだごくわずかな濁りだったらしいけれど、そのわずかなくもりがないだけで、ピントもくっきり、色も彩度が二割増し。
見えるって感動的だ、と、つくづく有り難く思った。

レンズの奥の膜をレーザーで破るとか、それ以前に、こんな小さな瞳の中のレンズを砕いて入れ替えるとか、目の仕組みの繊細さとミクロな医療技術とに、本当に驚きと感謝を感じる。
ありがとうございます。

f0000211_20552782.jpg
レーザー治療後、迎えにきてくれたRと一緒に、よく頑張りましたのご褒美ランチ。(私は何も頑張ってない)
ごちそうさま。


  
にほんブログ村 その他生活ブログ

[PR]
by karino-tohko | 2016-10-29 21:17 | 日記
2016年 10月 13日
濁る視界

今年の二月初め、物が見えにくくなったように感じたので片目ずつ覆って確認したら、右目の視界全体にうっすらと白い靄がかかったようになっていた。
白内障??
いや、右目は一昨年の黄斑円孔の手術時に、術後に起きやすい白内障予防のために水晶体を砕いて人工レンズに交換してあるから、白内障にはならないはず。
twitterでそうつぶやいていたら、「後発白内障の可能性はありませんか?」と、経験者の方からメンションが来た。
(twitter、ありがたい!)
初めて聞く名前だったので検索したら、「後発白内障」は眼内レンズ交換の1~2年後に起きやすい白内障で、レンズ自体ではなく水晶体嚢(水晶体が入っていた袋)の後ろの部分(後嚢)が濁るらしい。
治療はレーザーでの日帰り手術になるらしいので前回の手術を思い出して震え上がっていたら、「不安に思っていたよりもずっと簡単なレーザー治療で、痛くも痒くもなくちゃちゃっと解決しました」と聞いて、ちょっとほっとした。
ありがとうございます。

翌朝、「ただの疲れ目でありますように…」と祈りながら、眼科へ。
診察の結果、眼内レンズを入れた後に起きやすい「後発白内障」の可能性が高いけれど、眼底検査ではまだ何もそれらしいものは確認できないとのことで、経過を見ることになった。
黄斑円孔の時も、一般の人が症状に気付くずいぶん前の段階で見え方の変化に気付いて診察を受けたので、今回もまだ超初期の状態かも知れないとのこと。
もう少し見え方が変わったらまた来てくださいとのことで、心の準備期間ができた。


で、先月あたりから右目の靄が濃くなってきて、そのうえ視界の中心部分がやや広い範囲でゆがんだようになって見えづらくなってきた気がするので、これだけ症状が進めばさすがに検査で悪い部分が確認できるだろうと、先週、八か月ぶりに眼科に行ってきた。
視界中心部のゆがみは、一昨年、黄斑円孔の症状が進みかけた頃の状態にちょっと近い。
手術後、そのゆがみは視界のごく中央の点だけにぎゅっと絞られたようになっていたけれど、それがまたほどけて周囲もじんわりゆがんできたような感じ。

病院に行って診察室に入る前に受けた視力検査では、右目は、眼鏡の度を合わせても視力が0.4までしか出なくなっていた。
手術後数か月経って視力が落ち着いた頃には眼鏡で矯正すれば1.0くらいまで、ごく中央部分以外は充分見えるまでに回復していたのに。
車の運転に必要な視力(矯正視力)は両眼で0.8、片目ずつだと0.3らしいので、これ以上見えなくなるとまずい。

瞳孔を開いて眼底検査したところ、目の奥に薄っすら膜ができているけれど、まだほんとに薄っすらで、後発白内障だと言えるほどではないとのこと。
けれど、今のところその薄っすらした膜しか白い靄の原因は見当たらないし、視力の矯正ができなくなってきた原因もわからないので、一旦総合病院で日帰りレーザー手術を受けて、それで回復しないようならさらにそこで調べてもらいましょう、ということになった。
もし他に何か見つかったら、また新たに入院手術が必要になるかも知れないと聞いて、震え上がってる。



今日、その日帰り手術の日程の連絡が来た。
明日、紹介状をもらいに行ってくる。
どうか、レーザーで膜を破るだけで治りますように。

  
にほんブログ村 その他生活ブログへ

[PR]
by karino-tohko | 2016-10-13 23:38 | 日記
2013年 11月 13日
瞳の中の私の部屋
9月頃、光が斜めに入る角度で鏡を覗き込むと、瞳孔奥の人工レンズがくるくる回転しているように見えることに気が付いた。
その様子が不思議で写真に撮ろうとしたけれど、撮れない。

いろいろ試してあきらめて、普通に正面から撮ってみたら、瞳孔の奥は写らなかったものの、虹彩部分に部屋の中が丸々映っていた。

f0000211_19511657.jpg
白眼部分が充血しているのは手術のせいかも知れない。今もまばたきすると、右目の視界にだけ血管が走っているのが見える。
(それにつけても睫毛の乏しさよ…)


上の写真の瞳部分を拡大したら、
f0000211_19513292.jpg
 ↑ 瞳部分のアップ

乱雑な我が家。
こんなにはっきり映るものだとは。

いや、写したかったのはこれじゃなく、中央に黒く写っている瞳孔の奥の人工レンズ。



この写真を撮った日から二ヶ月余り経った先一昨日、術後作った眼鏡のレンズを調整し直してもらい、昨日、手術を受けた病院で術後二度目の診察を受けて、次回診察は三ヶ月後、感染防止に点眼し続けてきた目薬は終了となった。

「先日洗顔中に、目を閉じていたのに少し目の中に水が滲みてしまったんですが、そういう時に抗菌の目薬なしで大丈夫でしょうか」
「もう、それくらい大丈夫ですよ」
「そうですか…」
不安げなのが伝わったのか、
「もう、水泳しても大丈夫ですから」
「え? 水の中で目を開けても??」
「はい、もういいですよ」
びっくりした。


いったんキリが付いたところで、書きそびれていた退院後の経過の記録をまた書いて行きたいと思います。
(え? あの話まだ続くのか、って?)



あと少し、お付き合い願います。
にほんブログ村 その他生活ブログへ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-11-13 20:03 | 日記
2013年 10月 08日
入院生活覚え その3 両眼視に手こずる
(すみません、細かいことも覚えに残しておきたくて、でもまとめる時間がないので長いです。)
f0000211_2129135.jpg
入院中少しずつ楽しんでた、Rの弟からのお見舞いの「夏のミルフィーユ」。

8月17日
朝の点眼。
今日から看護師の付き添いなしに完全にひとりで点眼するようになった。
で、2種類の目薬を注してからもう一種類注すまでの5分間、看護師がいる時はいつも右目はすぐに一旦眼帯で塞がれていたんだけれど、もし今日の退院を選んでいたらもう今日眼帯を外してたんだから大丈夫だよね、と、その5分間、眼帯を外してあたりを眺めてみた。
斜め下を向くとまだガスの塊が視界を覆うのと、ずっと眼帯で塞いでいて目が光に慣れていなくて文字が白く飛ぶのとで、裸眼でも読み書きできそうな焦点距離かどうかは確認できないけれど、なんとなくいい感じっぽい。
よかった。

それよりも、両目であたりを見た時、左目に映る像と右目に映る像が違い過ぎて、ひとつの像に統合できない。
視界がぐらぐら。
人工レンズが合ってる合ってないと言うのではなく、本来の左右の目の位置の差から来ているのものだと思うけれど(そうであって欲しい)、これがちゃんと統合されて立体視できるようにになるのか? と疑問に思うくらいにバラバラ。
今までこれをどうやってひとつの立体像にまとめてたんだろう。
昨晩やっと片目で見ることに慣れて、右目に頼らず左目だけでふらつかずに歩けるようになったところで、次はまた両眼視。
脳が目について行けてない。

昨晩看護師さんに眼帯を外す時期を訊いたら、退院するその時に外すとのことだったけれど、やっぱりこれではとても歩けない。
すぐに慣れるんだろうか…?
大学病院では手術で孔が塞がったかどうかだけが問題で、その後どう見えるかは問題ではないんだろうか。
次の診察時に、退院の少し前から眼帯を外して両目で見ることに慣れさせてもらえないか訊いてみよう。
(朝の診察に呼んでもらうのを病室で待機しているけれど、お呼びがかからない…)


その5分間に、初めて、眼帯なしに両目を開けて鏡で顔を見た。
相変わら斜め下を向いて眠っているせいか、まだ顔はむくんだまま。
右目もむくんでいるけれど、何より、左目の細さがたまらない。
なぜ左目だけこんなにまぶたが垂れてしまったのか。
戻りますように…。


10時前の診察に呼ばれた。
診てくれたのは、初めての先生(だとわかったのは、女性の先生だったから)。
退院前に両眼で見ることに慣れておきたいんですが、と言ったら、
「では、この目の様子なら来週辺りに退院になると思いますので、その前に眼帯を外せるかどうか担当の先生に聞いておきます」
「月曜が退院なんです」
「えっ?」
「最初は、今日か明日の退院でと言われたんですが」
「…そうですか」
(えっと、ほんとに退院して大丈夫なんでしょうか…?)

ってことで、もう日がないので、とりあえずその時点から眼帯の中のガーゼを外して、金属製の眼帯(ギッテル)だけになった。
ギッテルに点々と穴が空いているので、その隙間から外が見えるらしい。
(まだ瞳孔が開く薬が効いてるのでよく見えない)


数時間後、次の点眼時間がやってきて、気が付いた。
ギッテルの中のガーゼを外してもらっても、ほぼ一日中瞳孔を開く目薬を注しっぱなしなので、何も見えない。
う…。
入院中はいつでも検査できるように常に瞳孔を開かせておいて、なので普段はずっとガーゼを当てて塞いでおいて、退院時に外すのか。


f0000211_21293724.jpg
この日、10日間毎日突っ伏してたテーブルに、小物を入れられるポケットがあることに気が付いた。
小さい方のポケットがケータイにジャストサイズで、幅広い方にペンとノートとポータブルテレビが入る。
この4点セットのためにあるようなスペースなのに、うつむき姿勢でテーブルも真上からしか見ていなくて気付いてなかった。


午後、見舞いに来てくれたRの見送りを兼ねて、手術後初めて一階まで下りた。
土曜日で外来が閉まっていて、ひっそりしている。
瞳孔が開いてぼんやりしているけれど(ぼんやりしていて左目の像とケンカしないから?)、なんとか歩けそう。
そのあともう一度、ひとりで一階へ。
ガーゼを外して6時間経って二度遠出して、やっと左右の目でゆっくり歩くことに慣れてきた。
f0000211_21301360.jpg
退院時にいきなり眼帯外してはい、さようなら、と病室を出されていたら、「ちょっと待って! 退院一日延ばして!」って騒ぐところだった。
退院していく人たちの中に、これまでそんな駄々をこねる人はいなかったんだろうか。
(入院後、同じ病室から3人退院していったけど、みんな戸惑う様子もなく普通に笑顔でスムーズに出て行ってた。)


夕方、右目で見る練習をしていたら、うつむいた時の視界のガスの塊の中に、黒くて大きな何か(何??)発見。
もやもやした黒いいびつな三角形のものが浮いて揺れている。
びっくりした。
これって、ガスが目に吸収されて消えるときに一緒に消えてくれるんだろうか?
まさか、これだけ目の中に残ったりしないよね…?

あと、顔を上げて歩いた時に、真っ黒な虫がずっとちらちら視界の上の方を飛んでるのも発見。
いや、最初虫かと思ったものは、くっきりと濃い真っ黒な点々。
まさか、手術後起こることがあるって言う網膜剥離じゃないよね…?

これらも、もし退院時に初めて眼帯外をしてその時に気付いたら、慌てて病院に引き返して診てもらってたところだった。
先に確認できてよかった。


この夜も、19時前から消灯時刻のように静まり返ってた。



8月18日
朝の瞳孔を開く目薬の前に、両目であたりを眺めてみた。
試しに廊下に出て見たら、すたすた歩ける! よかった!
あの左右バラバラの像がどうやってひとつの景色として見えるようになるのか不思議だったけど、脳みそ、すごい。
これで安心して退院できる。

他の人たちが眼帯を外してすぐに笑顔で退院して行くのが不思議だったけれど、私の脳みそが一日がかりで左右の目に映る別々の像をひとつに統合したのを、他の人たちの脳はぱぱっと瞬時にやってしまうんだろうか?
私はとても歩ける状態じゃなかったし、歩くどころか、何がどうなってるのかわからないくらいだった。
別の世界に放り込まれたのかってほどに。

反対に、手術後に片目でのうつむき歩きになった時も、私は手探りで一歩ずつよたよた歩くことしかできなかったけれど、数日遅れで手術した隣のベッドの人は手術後の片目うつむきでも変わらずすたすた歩いていて、その足音を聞いて驚いたんだった。
私が視界の変化に弱い??

そういえば、最初、病状のステージ1以前で視野の欠損に気付いた時、先生から、よくこの時点で気付きましたねとずいぶん驚かれたっけ。
もうこれ以上ひどい状態になったら生活できないってくらいに思えた入院時点でも、実際にはまだまだステージの初めの方で、その時点でも気付かない人が多いと聞いて驚いたんだった。

ああ、そうか!
私の頭は感覚のフィルターが利きにくくて余計な情報がダバダバ入り過ぎて混乱しやすいってこと、すっかり忘れてた。
それで、他の人たちが視界の混乱なくスムーズに退院して行っても、私は視覚情報が整理できなくてちゃんと立体視できなくて歩くこともままならなかったんだ。
納得。


昼前に、手術後二度目のシャンプー。
とても丁寧に洗ってすすいでもらえた。美容院でシャンプーしてもらったような感触。
ありがとうございます。


昼食後、瞳孔が閉じているうちに次の散瞳剤点眼の前に少し歩いてこようとちょっと院内をぐるぐる探検してきたら、それだけで足がガクガク。
どれだけ筋肉弱ってるんだ…。


目の中のガスの中に見える黒い浮遊物は、目を閉じていてもぼんやり見える。
当直医による診察の際にそれについて訊ねてみたけれど、その浮遊物は光を当てる検査器具では見えないようで、「(確認できないけれど)まあ、問題ないでしょう」とのことだった。
明日の退院までにガスが消えて一緒に消えてくれたらいいけれど、見た感じ、ガスが消えるにはまだ2,3日かかりそう。
なお、虫が飛んでるように見える黒点も、数分ですぐ消えるようなら問題ないとのこと。


眼内ガスの中に浮いてる黒い浮遊物、ガスが減ってくるにつれて、どう見ても異物にしか見えなくなってきた。
異物と言うか、ホコリ溜りのゴミのように見える。
大丈夫ですように、再手術なんてことになりませんように…。

あ、眼内ガスが消えていく瞬間(に立ち会えたら)、うつむいて中心の少し横の方を見ておけば、万が一ガスの中のこのゴミっぽいものが残っても、検査で確認してもらいやすいかも知れない。
(目の中心に残って視界が遮られたり重要な箇所に貼り付いて取り除くのが難しかったりしたら困るので、少し横の方に残るようにして。)


ここ数日病棟に人が少なくて静まり返っていたのは、お盆のために早めに退院したり入院日を先に延ばしたり一時外泊したりのためだったよう。
明日からまたにぎやかになるらしい。



8月19日
朝5時。曇り空。
退院日。
ほとんど眠れなかった。
と言っても3時間半くらい眠れたから、入院中じゃなきゃ普段の睡眠時間か。f0000211_11194940.jpg
退院した途端、これまで日に何度も目の中の様子を確認してもらえていたのが一切なくなるかと思うと、不安。
しかも目の中には、診察では確認してもらえなかった、私にしか見えていない黒い異物がある。
心配。


散瞳剤の入ってない状態のうちに最後の診察前に目の様子をよく確認しておこうと、ギッテルを外して眼鏡をかけてみると、黄斑部分に歪みや欠けが残っているだけかと思っていたら、1mほど前に垂直にある柱の縁が、10~30cmおきに5,6箇所、歪んで見える。
1箇所治すためにあちらこちら引っ張ったりつまんだりして、その引き攣りが残っているのかも。
これくらいは仕方ない。これだけ見えれば充分。
ここまで見えるようになって、本当によかった。
ありがとうございます。


朝の、おそらく最後だろうと思われた診察は、残念ながら主治医ではなかった。
小さな黒っぽい玉になってきた眼内のガス玉の中の異物は、前日までの少し広がった形と違って、ぎゅっと凝縮したような黒い塊になっている。
この日の診察の先生にもしつこく訊いてみたけれど、やはり検査器では見えないらしく、その黒いものはガスの影だとのこと。
うーん…いびつだけどはっきりした形を持っていてその形が変化していくのや、顔を揺らす時のツイーっと水面を滑るような動きや、顔の向きや視線の方向に関わらず揺れで移動する様子は、房水とガスの境目に浮いた異物っぽく思えるんだけれど。
ガスの影か…。

気になって気になって、気が付いたらその超直近距離(っていうか目の中だから距離0)ばかり見ている。
このまま、この異物の正体がわからないまま、主治医にこの異物のことを知らせられないまま退院か。



外が騒がしいと思ったら、フロアの向こう端の方から、お盆で空いている病室のベッドやワゴンを廊下に出して、各室ワックスがけしていってるよう。
向かいの病室もワックスがけ準備中。
f0000211_21304744.jpg
床がピンク色でかわいい。(おじさんたちの部屋だったけど)



ワックス掛けや盆明けの患者の入れ替えでがやがやする中、午後2時過ぎ、病室を出た。
朝、曇っていた空は、すっかり晴天。
外はたまらない暑さ。
夏が終わってしまう前に、この蒸し暑さをもう一度味わえて嬉しい。
f0000211_21314275.jpg
(柵の部分が干渉するのか、何度撮り直しても、なぜか空に格子模様。)




迎えに来てくれたRが眼帯を外した顔を見て、ふざけてる時の口調で、
「目、手術したのー? 大きくなったねー」
「は?」
「二重の手術したの? いいねー」
何を言ってるのかと鏡を見たら、
ほんとだ! 右目だけくっきりした二重になってる!
手術でぐいっと目を押し開いて一時間ほど固定していた間に型がついた?
それとも、一週間以上閉じっぱなしだった間に瞼がリセットされて様子が変わった?
このままくっきり二重が定着してくれたら嬉しいけれど。



先生、看護師さん、13日間ありがとうございました。
まとめる時間がなくてだらだら時系列になってしまった入院中の覚え書きにお付き合い頂いたみなさんにも、ありがとうございました。

ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-10-08 21:32 | 日記
2013年 10月 05日
入院生活覚え その2 
(「前半」「後半」で終えるつもりだったけれど収まらなかった…)


目玉を動かして見るようになったからか、左目だけの視界が少し広がって、ぼんやり手探りでしか把握できていなかったものがすっと目に入るようになってきた。
物がしっかり見えるようになってくると、カーテンの隙間からベッドに差し込みむ白い光や、廊下の突き当たりのガラス窓から入る西日が、戦慄するほど美しく見える。
f0000211_2103619.jpg
入院日から持ち歩いていたこのごく普通のボールペンも、この頃から、カーテンの隙間から射し込む光にグリップ部分が透けるのがたまらなく美しく見えるようになってきて、何度も見とれていた。
そして、廊下からの西日が部屋の洗面台に射し込む夕刻。
曇りひとつなく磨かれたなめらかな蛇口の曲線が泣けてきそうなほど美しい光を湛えるのを、毎日、たまらない思いで眺めてた。



8月14日
眠っても眠ってもなかなか朝が来ない。
途中目が覚めて、そろそろ朝5時頃かと時計を見たら、「12:45」。
意味がわからず時計を二度見した。
まだ0時台だとわかった時のがっかり感と言ったら…。


朝の診察時、目の中のガス面が、手術箇所の円孔部分より下がっていた。
視界がガスに覆われていた間は、ぶ厚い磨りガラスを通したように何も見えなかったけれど、ガスが抜けた部分は外の世界がクリアに見えるはず。
…なのに、しばらく見ることを休んでいたからかうまく視点を定められなくて、瞳に入れた人工レンズの焦点がどのあたりに合っているかはまだ確認できず。
いったいどんなふうに見えるようになっているのか、ドキドキ…。


焦点距離を気にしていたら、夕方の点眼時、眼帯を外した右目のガスが晴れた上半分に、看護師さんの胸の名札の文字がしっかり見えた(気がした)!
よかった! 目、ちゃんと見える! 焦点が合う!
ただ、目から名札までは50cmほど離れていたように思う。
手元の文字、裸眼で見えるかな…。


夕食後、病室のカーテン内が蒸し暑かったので、うちわとケータイとうつむき痛対策のツボ押しを持ってしばし廊下に涼みに出た。
時計が50分をまわったのでそろそろ消灯時間だなあとベッドに戻ったら、消灯はまだ1時間先。
病棟内、なんでこんなに静まり返ってる?
足音も話し声も何ひとつしない。
(後日、お盆で入院患者が極端に減ったからだとわかった)

f0000211_2111617.jpg
消灯時間を10分ほどオーバーして、表象文化研究 「第4回 詩と記号」、聴了。ぐない。



8月15日
術後一週間経過。
うつむいたときに右目の中に丸く浮かんで見えるガスの黒い縁が、少し小さくなったような気がする。


午前中、手術以来初めてお湯を使ってシャンプーしてもらった!
洗面セットを持って専用シャンプー室に行き、シャンプーハット(懐かしい!)を被って昔の散髪やさんの椅子みたいな黒い大きな椅子に座り、眼帯の上からタオルで右目を押さえてうつむいて、洗面台に頭を突っ込んで、わしゃわしゃ。
入院前に髪を短くしておいてよかった。

入院時に持って来た洗面器は、28年物のセルロイド製。
小さいし趣味が変わったのでしまい込んでいたんだけれど、入院案内の持ち物欄に「小さい洗面器」とあったので、結婚後初の出番となった。
f0000211_2114445.jpg
洗面器の中の黒いふたのボトルは、洗ってくれた看護師さんに「すごくいい香りですね」と言われた、イランイラン&ラベンダーのシャンプーとコンディショナー。
Rが出張先のハイアットリージェンシーホテルから持ち帰ったアメニティで、蜜のように甘いエキゾチックな大好きな香り。


f0000211_2122324.jpg
この日、お昼ご飯に選択食から選んだのは、「牛ヒレステーキ」。
何年ぶりかの牛ステーキを病院で食べると言う食生活。


午後、Rがピーチベルガモットティを買ってきてくれた。f0000211_212431.jpg
ひんやり。
仕事が詰まっていたようで、これだけを置いてすぐに帰って行った。


午後の診察で、主治医でない先生から、突如うつむき解除を言い渡されて退院が決まった。
え??
(詳細はこちら→「手術、終わりました」

まだ右目の中にはガスが4割残っていて、眼帯で封したまま。
どれだけ見えるようになっているかもわからないまま。
ほんとに退院できるの?
半信半疑でいたら、夕方の点眼に来た看護師から「安静度2から一気に安静度4に下がりました」と言われて、上向きのみ禁止(正面向き可。点眼時のみ上向き可)、1階までの歩行可、首下シャワー可、テレビ可となった。

「4」になったので、これまで注してもらっていた目薬を自分で注す練習が始まった。
上を向くと右目表面をガスが覆うので何も見えず、目薬の位置も距離もわからなくて、思っていたより難しい。
隣のベッドの人が点眼補助具を使っていた理由がわかった。


正面向きOKになったことを再度確認して、それだったら退院までに正面向きに慣れておかないと、と顔を上げてみる。
一週間うつむき続けていたので顔を上げるのが怖いし、難しい。
首も固まっているし、顔を上げるたびにふわー、くらーっとめまいがする。

正面向きに慣れるよう、ケータイもテーブルの上で打つようにしようと、テーブルのうつむき用の穴もふさいだ。
f0000211_213971.jpg


手術後初めて、顔を上げて鏡で自分の顔を見た。
ショック。
一週間のうつむきで、すっかりぶよぶよ。
左目の瞼も疎ましげに垂れ下っている。
元に戻るよね…?


解禁になったので、手術後初めてシャワーを浴びた。
お湯をかけられるのはまだ首から下だけだけれど、これまでは濡れタオルで体を拭くことしかできなかったので、とても気持ちいい。


正面向きOKになったものの、正面を向いて歩くとバランスが取れず倒れそうなので、まだうつむき気味。
夕方、真下より少し斜め上に顔を上げて歩いていたら、毎日日に数回通っている検査室と毎日日に数回お茶を汲みに通っているデイルームとが、幅2mほどの廊下をはさんで向かい合わせにあることを知った。
びっくり!
検査室に行く時は廊下の右壁を伝って、デイルームに行く時は左壁を伝って歩いていたので、わからなかった。
ほんとに視界が狭かったんだ。

f0000211_2133340.jpg
まだ右目は眼帯したままだけれど、顔を上げられるようになって視界が広がって、何もかもが新鮮。
日が暮れていくのが見える。
感激。


時折、左斜め上にチカッと小さな光が走る。
前々日の「光視症」の軽いののようで、少し気になる。


横向き寝OKになったけれど本当にもう大丈夫なのか心配なので、円孔部分がガスの黒枠内に収まる角度で、斜めうつぶせ寝して眠ることにする。
(目を閉じても目の中の同心円とガスの黒枠を見続けてる。)



8月16日
退院が決まった途端、夜寝つけなくなった。
なんという適応力。(違?)
最後に午前4時半頃に時計を見たあと5時前に寝付いて、朝6時半前に名前を呼ばれてぼんやり目が覚めた。
「カリノさん、目薬お願いします」
ああ、そうだった。今日から自分で注すんだった。


午後、右目の視力検査があった。
眼帯を外して、手術後初めて見る世界。
数m先の視力表はぼやけているけれど、右手を見ると、はっきり見える!
裸眼でぴったり焦点が合ってる!
40cm~50cm辺りに焦点があるよう。

ただ、両目で見ると、遠くも近くもクラクラする。
右目と左目で別々のものを見ているようで遠近感がつかめず、焦点も定まらず、これで本当にちゃんと立ち歩きできるようになるんだろうかと思えるほど。

すぐに視力測定用眼鏡をかけられたので、右目裸眼で世界を垣間見たのはほんの数秒間。
いつ眼帯が外せるようになるのか心配で訊いてみると「退院までには眼帯は外します」とのこと。
いや、ただ外すだけじゃなく、ちゃんとそれで見えるように、その目でやっていけるようになるんだろうか。
もし土曜の朝の退院を選んでいたら、今のこのクラクラな状態で退院になってたわけだし。


視力表を見ると、やはり中心部分は灰色のもやもやで見えないけれど、その見えない範囲は三月時点くらいに小さくなっている。
眼鏡で矯正して円孔からずらして横目で見て、右目1.0の視力が出た!


目の中のガスは3割くらいまで減って丸っこくなってきて、ガスの周辺に黒枠のように見えていたものが、薄い灰色のガスの側面部分が厚みで黒く見えているだけだとわかった。
厚い瓶の輪郭部分の色が濃く見えるのと同じ状態。

目の中のガス玉は目を閉じていても見える。
顔を動かすとぷるぷる揺れる。
もっと小さくなると、2つ3つに分裂することもあるらしい。


f0000211_214088.jpg
夜、ほぼ無音の病室と病棟。
斜め向こうのベッドが空いて向かいのベッドも空いて、人の出入りのない時刻になったので、カーテンを広めに開けている。
お見舞いにもらった飲み物と、ドキュメンタリーと放送大学講義がたっぷり入ったポータブルテレビ。
今何か試験勉強をしたら受かる気がする。


消灯前、お茶を汲みに病室を出たら、何か違う。
「…!?」
廊下の突き当たりが見えている!
顔を上げて歩けてる!
夕方歩いた時はまだ、真下から斜め45度以上顔を上げるとクラクラして視界も定まらなくて、ややうつむき加減で2、3m先の床だけ見て歩いてたのに。
いつの間にか正面向いていて、ちゃんと廊下の両側も見えてる!
片目でもふらつかずに歩けてる!


就寝前の目薬確認に来てくれた看護師に眼帯を外すタイミングを訊ねたら、
「だいたいみなさん、退院するその時に外されて帰ります」と。
えっ、そんな、左右の目の焦点の合わない状態でいきなり放り出されるの??
「みなさん、退院の嬉しさでいっぱいで、そのことまで気にされてないのかも」
いや、それじゃ歩けないし、かつて入院が不安でいっぱいだった私は、今は退院が不安でいっぱいだし。
次の診察で先生に訊いてみよう。



ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-10-05 21:29 | 日記
2013年 10月 03日
入院生活覚え その1
f0000211_071586.jpg
金属眼帯、ギッテル。
見た目も名称も武器っぽい。

8月9日
うつむき二日目。
肩や首がもげそうに痛む。
目の前にあるものを取ろうとして、うつむいたまま目だけ上(前)の方を見ようとした時に、目の右上にクッ!っと痛みを感じる。
筋肉が固いものに当たるような痛み。
(ハードコンタクトレンズがずれて目の奥に当たる時の痛みに似ていたので、目に入れた人工レンズの端が筋肉部分に当たっているのかも知れないと思ったけれど、構造を考えると当たるわけがない。退院後に痛みが出た時に先生に聞いてみたら、手術時に眼球の右上部分を切開しているので、その傷口の痛みだろうとのこと)



8月10日
うつむき姿勢の上に、視線も真下しか見ていない(右目を動かすのが怖い&少し痛い)ので、眼鏡がきちんとかけられないこともあって視界がとても狭い。
夕方、Rを見送りにエレベーター前まで行った帰りに、今自分が出てきた数歩先の自動扉が見つけられなくて、ホールでぐるぐるしてた。


今回の手術と同時に予防的に受けた白内障の手術についてケータイで検索していたら、インドで貧しい人たちに無料で白内障手術を行っている医師のニュースが出てきた。
そこに、こんな一文が。
こだわりは二つあった。手術機器や資材については製薬、医療機器会社から中古品を寄付してもらったが、その他経費は一切個人負担でまかなうこと。
たとえインドの片田舎だとしても、日本の大学病院と同レベルの手術、いわば「マハラジャ(サンスクリット語で王侯)の手術」をすること。
それが本来のボランティアであり、無料の施しだという哲学からだ。


「ひと:米谷新さん=インドで貧しい人に無料の白内障手術」(毎日新聞2013年8月9日)より

私が当たり前のように受けられた手術は、「マハラジャの手術」だったんだ。
感謝。
泣けてくる。
治療に来るのは、目の水晶体が茶色に濁りきって、「石のような硬さ」になるまで放置された難患者ばかり。
超音波機械で濁りを破砕する作業で手術は深夜まで続くことが多かった。
7回訪印、171人を手術した。
ごほうびには、いつもヒマラヤの絶景をいただいている。

(同上)



8月11日
24時間ずっと真下を向き続けて三半規管が鈍ったのか、目薬を注してもらうのに顔を上げて前を向く時(目薬を注す時も上は向かず正面を向くだけ)や立ち上がろうとする時のめまいがひどい。
ベッドに腰掛けたまま顔を上げるだけで、世界がぐらりとゆがんで倒れ込みそうになる。
立ち上がるだけでもふらふらよろよろで、右目以外は健康なはずなのに、まるで重病人。


土曜日なので、診察は当直医。
入院前に電話で眼内レンズのことを問い合わせた時に聞いた声だ。
眼帯を外した目を覗きこんで、
「ああ、『うつむき』よく頑張られてますねえ」と。
「見てわかりますか?」
網膜の手術箇所の孔がぐいぐい閉じていってるのかと期待したら(いや、それは肉眼じゃ見えない)、
「ええ、わかりますよ。目の腫れ具合と、目の中の血の溜まりがちょうど真ん中にできてますから」
治癒具合とはまた別らしくて、ちょっと残念。


安静度が「2」に下がってうつむいて見られるテレビが解禁になったので、Rが貸してくれたポータブルテレビでRのSDカードに入っていたアニメやBSドキュメンタリーや放送大学講座を見て(というか聞いて)時間をつぶす。
f0000211_075258.jpg
(ちゃんと講義ノートもとってる。ノートを注視せずに位置だけぼんやり視野に入れながら書いてるので字が崩れてる)
…けれど、やっぱり途中で眠ってしまう。
眼帯がじゃまで眼鏡が浮いて左目の視界もはっきりしないので、薄暗いカーテンの内側でぼんやり見ていてもすぐにうとうとしてしまい、気が付くとシーツやクッションの上に突っ伏してる。
いけない、いけない。
昼間に眠ると、夜、うつぶせ寝中に息苦しかったり体の方々が痛かったりですぐに目が覚めてしまって、長い夜が辛くなる。
f0000211_11222781.jpg
同室の人に貸し出されていたうつむき用テレビ。
iPadくらいのサイズのものかと思っていたらデカくてびっくり。

夕方、ベッドにもパイプ椅子にも座り疲れたので、ポータブルテレビとノートとペンとケータイを持ってデイルームに行き、SDカードに入っていた文化人類学の講義を聴いた。
テーブルに突っ伏していたので周囲の様子は見えないけれど、静かなざわめきのある広い空間は図書室のような雰囲気で、しんとした薄暗いベッドの上でぐねぐねしながら聴くのと違って集中できる。


手術後ずっと、顔だけでなく眼球も真下しか見ていなくて視界がとても狭かったけれど、物を手に取ったり歩いたりする時に多少目を動かすようになってきて、少し視界が開けてきた。



8月12日
毎晩消灯と共に10時間近く眠って、昼間も眼鏡のずれた片目を開けてるのがしんどくてつい眠ってしまう。
頭の回転が限りなくスローになってきている気がする。
入院前は5、6時間寝ようと努力していたけど、退院後は5、6時間しか寝ないように努力する必要がありそう。


朝の診察で眼帯を外して正面を向いた時に、視界の上の方にゆらゆら揺れる黒い水平線が見えた。
手術で目に入れたガスと、それに入れ替わってきている房水との、境目とのこと。
うつむいていた時に右目いっぱいに見えていた黒い丸い枠(眼内レンズの枠だと思っていたやつ)は、この境目だったよう。
今のところ、まだ目の中にガスが8割入っている。
このガスが3割か4割くらいまで減って水平線が半分以下まで下がってくると(上下逆に見えているので、実際には境目は上がっていく)、目の奥がどうなっているか、検査器で治癒具合が確認できるようになるとのこと。


午前中、ベッドの上で、ドライシャンプーをしてもらった。
手術後初めての、5日ぶりのシャンプー。
昔あったスプレー式のと違って泡で出るタイプで、使いやすそう。
でも、濡れタオルで泡を拭き取って乾かしてもらったあとも髪はべたっとしたままで、あまりすっきりはしない。



8月13日
朝の診察で、ガスが6割くらいに減ってきたようなので週末には横向きに眠ることができるかも知れないと言われる。
ああ、早く!


この日3度目の夕方の診察が、執刀医だった(と思う。顔を覚えていない)。
あと2日くらいで目の奥の検査ができそうだとのこと。
検査時に右目に光が当てられると、視野の中心に、二月時点に見えていたような小さな同心円が見える。
孔はほぼふさがりかけているようだとのこと。(正面から見える??)
けれど、孔がふさがっても、どこまで視力が戻るかはまた別だとのこと。


日暮れ時、絞ったテーブル拭きをベッド脇に干そうとして、座ったまま布巾の両端を持ってパン!とはたいた瞬間、目の前に斜めに強い光の線が走った。
太さが一定でない稲妻のような線。
驚いた。
後で調べてみたら、強い衝撃を受けて収縮した硝子体が網膜を引っ張って光が走るように見える「光視症」というものらしい。
ただ布巾をはたいただけだけれど、術後で不安定な眼には衝撃だったのか。
激しい運動などで網膜剥離や網膜穿孔が起こる時にも見えると知って不安になったけれど、この後も毎日目の中を診てもらっていたので大丈夫だったよう。
これ以降、怖くて体の動きが一層スローになった。


眼帯が自分の一部のようになってきた。
R 「自分のこと、綾波みたいと思ってるでしょ?」
思ってないよ! 貞子だってわかってるよ!

ずっと貞子状態だったけれど、就寝前の点眼時にじゃまな横髪を耳にかけた時に、うつむいている間も髪を耳にかけておけば少しは見た目がすっきりするであろうことに気が付いた。
視界も少し開ける。
6日間思い付かなかった。



毎日、日に三度の食事と、五度の三本の目薬と、三度の診察と、一度のRの訪れで1日が終わる。
f0000211_0133728.jpg

ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-10-03 00:50 | 日記
2013年 09月 20日
手術翌日
病院の朝は早い。
午前6時半、手術を受ける人への薬の配布や大声で呼ばわる新聞売りの声でぼんやり目が覚めて、外国の安ホテルで目覚めたような錯覚に陥る。
廊下を行き交う足音や、ざわざわした気配。
複数の人の気配がある場所で目覚めるのは心地良い。


真下を向いて眠るうつ伏せ寝は、やはりきつい。
顔や頭や胸の周辺にクッションをかませても息苦しくて窒息しそうになるし、身体のほうぼうも痛む。
夜中2時に目が覚めたあと、肩と腰が痛くて痛くて堪らず、クッションを移動したり枕用に持って来た薄いバスタオルを丸めて敷いたりしたけれど、どうやっても痛みですぐに目が覚めた。

…けど、考えてみれば、21時の消灯から5時間眠ったんだから、その時点ですでに普段の睡眠時間分は眠ってる。
目が覚めても不思議じゃない。

無意識に寝返りを打ってうつ伏せでなくなっていないか、ひと晩中二時間おきに看護師さんが見廻りに来てくれる。
感謝。


午前8時過ぎ、執刀医による「術後診察」に呼ばれた。
歩くとふらつくのは目のせいではなく、半日ベッドでじっとうつむいていたせいか。

先生の第一声は
「ずいぶん緊張して力が入っておられましたね」
す、すみません!
どうもありがとうございます。
「まあ、仕方ないですね。緊張しますものね」

眼圧OK。
手術後初めて眼帯を外して目を開けて、検査用機械の中の光を見る。
痛いほどまぶしい。
「目を開けて下さい」
まぶし過ぎて開けているのが難しい。

視界の中心に、自覚症状が出始めた頃に見えていた同心円の中心部分のようなものが見えて、その周囲一面に、血管のようなひび割れ模様がぎらぎら走っている。
「手術の最後に目に入れた軟膏でしょうね」
軟膏、かなあ…。
(納得できないけどそうなのかも知れない、と思ったけれど、この後薄くなってきたものの、一ヶ月以上経った今も見えるので、やはり血管らしい)

この時点で右目の中に医療用ガスが100%入っていて、それが毎日約一割ずつ抜けていく(周囲に吸収されて、目から分泌される房水に置き換わっていく)とのこと。


左目を動かすと右目も動くので、まだ目はあまり使わない方がいいと聞いて、ひたすらうつむいたまま、ただただ怠惰にベッドの上で寝転んだり座ったりを繰り返すだけの長い長い一日。
ただ、そのうつむきが、結構つらい。
昼間は座っていてもいいと聞いて喜んだけれど、座って真下を向き続けると、首が固まってもげそうになる。
かと 言ってうつ伏せで寝転ぶと、数時間で肩と腰が悲鳴を上げる。



20時半。
この日最後の目薬を注してもらうのに金属眼帯とガーゼを外して右目を開けた時に、廊下から射す光の中に立つ看護師さんの脚がぼんやり見えた!!
手術後の目に初めて映る世界。
プールの水越しに見ているようなきらきらゆらゆらした画像だけれど、オレンジの光の色がはっきり見えた! なんてクリアできれいな色。
感激。
これまで見たことのない色と光。
この光の色を一生忘れない。

人工のレンズを通して見てるんだなあ、という不思議な感覚。



ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-09-20 21:05 | 日記
2013年 09月 19日
貞子っぽい
首をガクンと落とした手術後の90度うつむき姿勢が「貞子だ」「こわい」と不評。
顔を上げられず手探りで物を探るしぐさも貞子的らしい。
真下からケータイで撮ってみた自撮りもこわい。
f0000211_20423579.jpg
自分の顔に見えない。
写真は「うつむき」開始からまだ二時間半の時点ながら、点滴のせいか、もう輪郭もぱんぱんで、目も口も腫れぼったくなっている。
(一週間後のうつむき解除時に初めて顔を上げて鏡を見た時には、すっかり人相が変わっていて衝撃だった。自分が知らない人になってた。記念に撮った写真は封印)



直径50cmが私の世界。
(右目を覆う大きな金属眼帯のせいで眼鏡がずれて浮いて、左目で見える範囲もとても狭い)
廊下の突き当たりの病室でよかった。
うつむいて歩いても部屋を間違えない。



ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-09-19 20:47 | 日記
2013年 09月 19日
眼科手術後
(手術話、いつまで続くんだ、って?)


術後、麻酔が切れたら痛みが出てくるかと恐れていたけれど、痛みはほとんどないまま。
少しチクチクする程度。
助かった。
(数年前だと、折りたたみ式の人工水晶体が開発されていなくて切開部が大きく、切開後に眼球が縫合されたので、手術後も強い痛みがあったらしい)


手術後一時間。
右目の右端ぎりぎりに、目いっぱいにはめた丸い大きな枠の端のようなものが見えることに気が付いた。
左目にはないので、これが眼内レンズなのかも、と思う。
頭を少し動かすと、そのレンズのようなものの端が目の中でゆらゆら揺れる。
(翌日か翌々日に、レンズではなく眼内ガスの輪郭らしいとわかった。)


二時間後。
麻酔が効いていたので、しばらくは眼帯の中の右目が閉じているのか開いているのかもわからなかったけれど、目を開いているのがわかってきた。
ずっと目の前を眺めていると、右目の視界一面に、水面下のサテン布のようなものが見えてくる。(眼帯内のガーゼが見えているわけではなくて。我に返ると、目を塞がれたような真っ暗な面があるだけ)
ゆらゆら揺れる水面の下で、光沢ある白い布が波打っているように見える。
机にうつ伏せていて何も見るものがないので、その目の中のサテン布が揺れているような景色をぼんやり眺め続けた。
(看護師さんに確認すると目は閉じていた方がいいそうなので、その後は閉じておいた)


15時半。
点滴を外して遅い昼食。
目以外は至って健康で完食。
うつむきっぱなしの首が痛むだけ。


16時50分。
雷が鳴り、同時に同室の人のケータイの地震速報が鳴った。
手術中に停電や地震がなくてよかったとつくづく思う。
(いや、停電は、病院なら無停電装置があるか)


19時。
隣のベッドのお見舞いに来た男の子の「すごく空が赤い!」と言う声にむしょうに空が見たくなって、手探りで廊下に出て、うつむいたままコンパクトカメラを窓の外に向けて写真を撮った。
まだ手術後数時間しか経っていないのに、もうずいぶん見ることから遠ざかっているような感覚。
周りの景色を、カメラモニタでの再生ではなく、早く自分の目で生で見たいと願う。



ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-09-19 20:36 | 日記
2013年 09月 14日
アンダルシア手術 その2 凝視
強烈に痛い局所麻酔が済んで、いよいよ手術開始。
痛みのショックやなんかで、すでに意識は朦朧としている。
左目は、白い布で覆われて何も見えない。
手術を受ける右目は、麻酔を打たれ、何種類もの液や薬を何度も何度も流し込まれて、磨りガラスを被せたように視界全体が白くぼやけてふやふや見えるだけ。


「では、始めます」
光の中、器具を持った手の影が伸びてきて、右目あたりを押したり覗きこんだりがちゃがちゃし始めた。
ぐぐっと圧がかかったり引っ張られたりするような感覚があるけれど、状況を想像すると怖ろしいので、なるべく何も考えない。
まぶたが閉じないよう固定する器具を付けられたような感触がしたけれど、半分朦朧としていて痛みは感じない。
入院前に読んだブログでは、次に、眼球を固定するのに「目玉が潰れる!って思うほど眼球をぎゅーっとつかまれるような」作業があると書かれていたけれど、目の中に次々にいろんなものをかけたり入れたりグリグリされたりでさらに意識が朦朧としていたので、そこはいつの間にか終わっていた。
よかった。


「上を見て下さい」
「もう少し右。右過ぎ。少し左」
「上に照明があるのでその光を見て下さい」
見ようとしても、薬で瞳孔が開かれているせいか、ひどく眩しくて勝手に目が逸れる。
「はい、ちゃんと光を見て」
必死で見る、見る。
凝視しているつもりだけれど、光がぐらぐらと動く。
必死で目で追う。
「目玉動かさないで、じっとしていて」
でも、見るように言われた光が動く。
どうすればいいのかわからず「光が動くのでそれを見ています」と応えると、
「はい、目を動かさないで、真上見て」
ここで、光がぐらぐら動くのは、先生が指で眼球をつかんで(?)何か眼球に処置しているかららしいとわかった。

これ以降、眼球の中のミクロな手術なので、なんとしても目を動かさないでおこうとするんだけれど、きらきらした光とぼんやりした光と影だけが見えているような状態で、注視する対象がなく、自分が「一点を」見続けているのかどうかもすぐにわからなくなる。
目の中に見えるもやもやしたものを見つめているとそれが動いて一緒に目も動いていくし、「あ、いけない」と元の位置に戻すにも、「いや、今動かしては…」と躊躇する。
正面を見ているつもりだけれど、眠気で黒目がひっくり返っている時の感覚に似ていて、黒目が上にあるのかどうかもあやしい。
今自分がどの方向を見ているのかもよくわからないけれど、それでも上を見てなきゃ。
眼球が動いては手術ができない。

いつからか、光る細長い物が視界にぼんやり見えていたので、ああ、これが目の中に差し込まれる三本の金属棒ってやつか、と思ったけれど、不思議と、もう怖くはない。
ただ「しっかり上を見ること」で必死。
ここで眼球が動いてしまうと、大変なことになるかも知れない。
上を見てなきゃ、見てなきゃ…。

あとで麻酔について検索したら、私が受けた「球後麻酔」は、目玉の動きも止めるらしい。
けれど手術時にはそんなことは知らず、一時間近い手術中ずっと
「目玉を動かさないようにしなきゃ。じっと正面を見てなきゃ」
「でも、今目玉がどこ見てるのかわからない! 正面、正面を見なきゃ! 正面はどこ??」
と必死で目玉を踏ん張っていて、それで気力と体力を使い果たした。
(「光を見て」「上を見て」以降は、先生からはどこかを見るようには言われなかったし、そう言えば手術中に眠ってたって書いてた人もいたし、ミクロな手術なんだからあらかじめ眼球が動かないようにされるのは当然だろうに、最後まで「上を見て」に縛られてた。)


あれこれ作業しているらしい感触が続いたあと、目の中が温かな液体で満たされるような感覚があって、
「これが人工房水…? ってことは、もう目に穴が開けられて器具類が入っているのか…」
とぼんやり思っていたところで、
「あれ? 虹彩が出てきた」
と、先生の声。
えっ!?
それって、説明会の時に「手術で起こり得る極めてまれな合併症のひとつ」だと聞いた、「眼球の膜が破れて虹彩などの組織が出てきて失明することが…」ってやつ?
まさか、まさか…。
眼球の切開部から虹彩がずるんと出てくるところを想像して不安でいっぱいになっていたら、続けて先生が
「あれ? 茶色い液が出てきた」
と。
どこから? 目から? 虹彩が溶け出してる??(違)
研修医も
「うわぁ、茶色いですね」
驚いてる…。
さらにつぶやく研修医。
「えらい状態やなあ…」
何が? 何が?

激しく不安になったけれど、その後慌ただしい緊急事態になる様子もなく、手術は黙々と進んでいく。
「先生の声もそんなに緊迫したふうではなかったし、大丈夫だったんだろうか…」


「どれくらい経っただろう。手術開始から30分以上経ってる気がするし、もう最後のあたりだろうか」と思ったところで、目の中にピンセットの黒いシルエットが現れた。
(手術開始時に、眩しい光の中に目の前の陰影がぼんやり映っていた目には、いつからか目の中の様子が映るようになっていた。)
ぼんやりした影ではなく、くっきりしたピンセットの形。

「一箇所めくれたら、あとは簡単やから。そこからめくっていけばいいから」
ピンセットが現れた左側から、先生の声がする。
ああ、作業しながら研修医に説明しているんだな…とぼんやり見ていたけれど、様子が違う。
ピンセットが何かをつまもうと目の中で動いているけれど、なかなかつまめない様子。
つまんでは引いて、つまんでは引いてという動きをしているけれど、空をつかんでいるらしく、同じ場所で何度も何度も同じ動作を繰り返している。
あ、先生じゃなく研修医がやっているのか。さっきの声は説明ではなく指示だったのか。

何もない視界に動くものが現れると、つい反射的にそちらに目が動きそうになるけれど、だめ。
何ミリってピンセットで何ミクロンってものをつまもうとしている時に、目玉が動くと大変。
瞳を動かなさいようにじっとしてなきゃ。

そっちを見ないように、見ないようにと思いながら、早く「つまめる」ようにと祈るけれど、なかなかつまめない様子。
ずいぶん長く格闘している。
こんなに集中力が持つんだろうか。
どうか落ち着いて。焦って他の組織を傷付けないで。
…と祈るものの、こっちの集中力が持たない。
ピンセットの狙いが外れないよう、眼球を動かさないように、動かさないようにと気張るけれど、気を抜くとすぐにチラッと瞳が動きそうになる。
中にピンセットが入ってるのに!
(いや、そんなに必死で耐えなくても、あらかじめ眼球が動かないようにされてるはず)

長い格闘のあと、ピンセットの動きが少し変わって、ツーッと何かを引くような動きになったと思ったら、半透明のスクリーンを切り取っていくように、ツイーッと薄い膜が引かれていくのが見えた。
ふぅ…。

あ、今剥がされたのが、もしかしたら「後部硝子体皮質」だろうか。
ってことは、まだこれから水晶体を砕いて吸い出して人工レンズを入れてガスを充てんする作業があるのか。
このとてつもなく薄いものを「つまむ」だけでも、物凄い集中力が必要そうだった。
こんなミクロな手術でよく一時間も集中力が続くものだと、本当に頭が下がる。


そのあと、棒状のものが目の中を行き来したり、くるんくるんと動く8の字形の影のようなものが一瞬見えて消えたり。
あの8の字形のくるんくるんは、折りたたまれた状態で挿入された人工レンズが開くところだったのかも。


途中で一度、痛みを感じて「う…」と声が出たら、「痛かったですか?」と、先生。
「はい、少し。でも大丈夫です」
「でも麻酔を足しましょう」
と足してくれて、手術中、ほとんど痛みはなかった。


手術開始から約一時間。
「はい、終わりましたよ。成功です」と先生の声を聞いた時には、もうぐったり。
いや、私はただ寝転んでただけ。
先生の集中力に脱帽。

朦朧としたまま「ありがとうございました」と言って、複数の手で眼や顔や手のテープだのなんだのが外されてガーゼや眼帯で目が覆われていくのに身をまかせる中、先生と研修医の話す声が聞こえてきた。
執刀医 「○○やなあ…。△△がきつくて、あまり××だからやな」
(終わった安心感でぼんやり聞いていてよく覚えてない)
研修医 「そうですか」
執刀医 「緊張がかなり強いせいやな」
研修医 「キューの時からかなり強い感じでしたね」

ああ、最初の点滴や麻酔の時からもうガチガチだった。
すみません…。
そのうえ、「目玉動かさないように! しっかり上を見続けなきゃ!」と、しなくてもよかったらしい凝視でさらにガチガチ。
過度の緊張は筋肉やなんかが硬くなって物理的にも手術の妨げになる。
もしまた手術することがあったら、忘れないように。
体の力を抜くこと、大事。
リラックス、大事。

まぶしいものを見るとくしゃみが出る体質なので、ミクロな手術中、眼球に複数の金属棒が刺さっている状態の時に照明でくしゃみが出たら…と考えると心配で仕方がなかったけれど(入院前に確認したら「くしゃみや咳が出そうになったら手を止めますので、出る前に早目に言って下さい」とのことだった)、出る気配はなかった。
というか、手術中はそれどころじゃなく、そんなことを心配していたこともすっかり忘れてた。


手術後の処置も終わり、手術台から再び看護師の押す車椅子に移されて、
「はい、顔は上げずにうつむいて下さい。このあとは当分の間、このうつむき姿勢を続けて下さい」
と言われ、うつむいたまま「ありがとうございました」とスタッフの間を抜けて入って、来た扉を出て病室へ。
病室に向かいながら、あの多くのスタッフを従えて手術を終えた先生を思い、こんな神経を使う細かな作業を一時間続けられるなんて、すごい、と、反芻。
こんなことができる人がいるなんて、本当にすごい。
まさに神の手だ。
医者ってすごい。
先生、すごい。
…と泣けてきて、ああ、泣いたら最後に目に入れた薬が流れ出してしまう、と、ガマン。

そして病室に戻って、入れ替わりで向かいのベッドの人が手術室に向かったのを知り、
「そう言えば、向かいの人も同じ執刀医だった。あんな集中力の要る手術をこんな立て続けにできるなんて。
いや、それどころか、私の前にもその前にも、続けて手術されてたんだった! いったいどんな精神力と体力と集中力!」
とあらためて驚き、先生の存在に強く感謝した。


今回は、「あの先生なら」と、その病院内でこの手術に一番慣れているらしい先生を紹介してもらえたけれど、あの先生にもどの先生にも初めての手術があって、その後、慣れない手術を何度も何十回もされて。
それを思うと泣けてきた。
(あ、薬が、と、慌てて涙を止めること、数回)
何もかもに感謝。



ブログランキング・にほんブログ村へ
  にほんブログ村
[PR]
by karino-tohko | 2013-09-14 20:26 | 日記