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2008年 12月 01日
遅ればせながら「アール・ブリュット展」
f0000211_2152324.jpg11月半ば、Rと『アール・ブリュット展 ―パリabcdコレクションより―』に行ってきた。
春に見たNO-MAでの『アール・ブリュット/交錯する魂』展が充実した内容でとても素晴らしかったので、今回はもっと大規模なものらしいしあれ以上のものに違いないと期待して、今回は1時間ほどしか時間が取れないのでそれだけの時間で見終えられるかどうかと心配しながら向かったんだけれど、行ってみたら、期待が大きすぎたのか、会場では少し拍子抜け。

いや、行く前に私の頭の中にあった会場風景は京都国立近代美術館のもので、あんな広いのを1時間で見るのは到底無理だろうなあとぐるぐる考えていて、Rと待ち合わせする時にも、「美術館の建物の入口? 会場の受付? どっちで待ってる?」と、ちゃんと会えるかどうか心配していたけれど、行って建物の前まで来て初めて、「あ…」。
そうだ、滋賀県立近代美術館はこの建物だったんだ。立地も入口もまったく違うのにいったいいつの間にすり替わっていたのか。

会場内に入ると、最初の展示の前にビデオ上映ブースがあって、時間がないから先に展示を見てから、と立ち去りかけたところで字幕の「アスペルガー」という文字が目に入って、思わず立ち止まって見入ってしまった。
映像に写っていたのはカレンダー記憶のあるジョージ・ワイドナー(George Widener)さん。
彼は8万年先までの あらゆる日付の曜日がわかる
彼はカレンダーを使用して 世界の体系化を試みる

「僕が世界で初めて 日付をあらゆる方法で並べて
月や年を作り変えたんだ
魔法円でもおなじことをしてる」

「数やカレンダーは面白い働きをする
物事の並び方を組み換えてくれる
船や都市にも同じ働きがあるんだ」

「カレンダーを見るときの僕は
空間を切り分けてる感じなんだ」

そこで約10分間映像を見て、展示をさっと流し見て、次に足を止めたのも、別の人の映像ブース。
地図や古雑誌に記号や文字がびっしりと書き込まれた、ズデニェク・コシェック(Zdenek Kosek)さんの、世界を管理するための儀式。
植字工から地方紙に風刺画を描く職を経た後に、統合失調症を患って世界観が一変し、その知覚を作品に書き留めるようになったという。
「自分の体に世界全体を感じる」

「時間と空間を知覚するとき
光線が全方向から円状に頭に出入りするように感じた」

「私は一日中ずっと窓の前で過ごした
そして日の出から日没まですべてを記録した」

「私は銀河の中にいて
私の部屋は太陽の核だった」

「視界にも問題があったんだ
普通 視界は丸いが
私のは四角くて
モニター越しに見ているようだった」

「私が人類の問題を解決しようとしなければ
ほかの誰がやる?」

「私は食べるのをやめた
重要だったのは 世界を管理する仕事だけだ」

「私は時間に先んじた
時間は遅すぎた
私の影は後ろではなく前にできたんだ」

「私は世界の脳だった」

「描くことは私を消耗させるが
救いでもあった
図を描くことで私は知覚を整理できた
私に付きまとうすべてに
道筋を示せた」


映像を2本見るのに予定時間の半分費やしてしまったので、残りの展示を見るのは駆け足。本末転倒。
ざっと眺めていた中で足が止まって、後から来るRを「見て見て、これ!」と急き立てて見せたのは、齋藤裕一さんという人の作品。
最初、ペンでただ線を殴り書いているのかと思ったら、よく見ると無数に重ねられた線は文字だった。
真っ黒に塗りつぶされるほど細い線が重ねられ、その端から風に吹き飛ばされるように、糸がほつれていくように、文字が拡散していく。

他にもいくつか足を止めて見入った作品があったけれど、後になって思うと、どれも画中に文字やことばが書き込まれたものばかり。
それらを読むために立ち止まったというわけではなく、そういった作品に惹かれるよう。
そう言えばNO-MAでのアール・ブリュット展では、日記や漢字など、文字がびっしり書き込まれた作品が多かった。だからあんなに濃く充実したものに感じたのかもしれない。

一番見たかったヘンリー・ダーガーの展示は会場の最後のほうだった。
時間配分の見当が付かずに途中駆け足になったのはそのせいもあったかも。
でも、ダーガーの展示でも、じっくり見入ってしまうのは生の作品よりも上映されていたビデオのほう。


ひと通り見たところでRが「僕はそろそろ行かなきゃいけないから」と先に会場を出て売店に向かおうとしたので、「持ってるのとだぶったらいけないから、もし画集とか買うならメールして」と言って、さっき見られなかったビデオを見てから残った時間でもう一度会場を見てまわろうと思っていたら、すぐにメール。
いったん会場を出たら入れないだろうから、出入り口をはさんで出口の横に接している売店にいたRと「これは?」「欲しいんならどうぞ」「これは?」「うーん、どうしよう」と話していたら、会場内で上映されていたビデオ集のDVDがあるのに気が付いた。
f0000211_184366.jpg家でDVDで見られるなら何もここで時間を気にしながら見なくてもいいかとそれを買うことにして出口を出て、一緒に本や図録を手にとっていたら、「これは買わなくていいの?」とR。
ダーガーの『非現実の王国で』のDVD!
見たい! でもちょっと高い…と一瞬迷ったけれど、購入。初回生産分でミニ画集付き。
あと、ダーガーのポストカードと、この美術展の図録と本2冊を購入。f0000211_1851644.jpg

f0000211_18542927.jpgオープンスペースのギャラリーを通ってミュージアム・ショップをのぞいて、各美術展の案内パンフやチラシが置かれていたコーナーを見ていたら、Rが一枚さっと手に取って「はい」と。
「ん…? わっ!」
及川聡子さんのお名前と作品写真が載っていてびっくり。
日経展のものだった。
大切に保管。



f0000211_18552282.jpg後日、会場ではゆっくり見られなかった作家略歴のリーフレットを見ていたら、興味引かれるものが多々。
どんな作品だっけと買っておいた展示会図録の作品を見てみると、会場ではほとんど気に止まらなかった作品が気になり始める。
作品を見るというより、作家のプロフィールや独特の創作方法を読んで、図録の作品を参照するというふう。
作品そのものではなく、それが描かれた背景に惹かれているのか。
普段、大好きな作品でも、作家自身にはあまり興味がなくて名前しか知らないことが多いので、自分でもちょっと意外。
春のNO-MAでは、会場でそれぞれの作品の横にそういった解説が書かれていたから、惹かれる作品が多かったのかも知れない。
でもそれって、作品に対しては失礼なことかも。
いや、現代美術でも解説とセットになっているような作品があるし、それもありなのか。

私が文字が入った作品に惹かれるのは、その背景や解説なしにも、それを描かずにはいられなかった強烈な思いが感じられるからかも知れない。


(引用部分は、会場で上映されていたビデオ「アール・ブリュット・ポートレート /監督:ブリュノ・ドシャルム」"ART BRUT PORTRAITS /Bruno Decharme"から抜き書きしたもの)
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by karino-tohko | 2008-12-01 19:10 | ARTS、CINEMA、BOOKS | Comments(2)
2008年 10月 16日
アール・ブリュット展
f0000211_2265242.jpg
f0000211_22775.jpg

昨日仕事でおつかいに出た先に置いてあった、アール・ブリュット展のフライヤー。マットな厚手の紙で見開き。ずいぶん力が入っている。
ヘンリー・ダーガーの作品も展示されると聞いていたので「できれば見に行きたい」と思っていたのが、これを見て「絶対行きたい!」に変わった。

フライヤーの内側には、ワークショップや関連講座の案内がある。見たかった映画『非現実の王国で』の上映もあるらしい。
お好きな方は、ぜひ。

このブログ内の関連記事
アウトサイダー・アート (アール・ブリュット)
「アール・ブリュット/交錯する魂」展
「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」



『アール・ブリュット -パリ、abcdコレクションより-』
会期:2008年10月25日から11月30日まで
滋賀県立近代美術館にて

下記講座「生命(いのち)のアートだ」はいずれも14:00から美術館本館講堂にて。
(聴講無料)
詳細は上記公式サイトの「LECTURES」のページをどうぞ。
Vol.1 10/26(日)   abcdとは
Vol.2 11/2(日)    アール・ブリュットと日本
Vol.3 11/3(月・祝) 「心霊」は芸術を深めたか?
               -フランス19世紀の「心霊」ブームと「無意識」概念
Vol.4 11/9(日)    身体は繰り返す 美の術と身体の術
Vol.5 11/16(日)   滋賀県における知的障害児の造形活動の展開
Vol.6 11/23(日)   “アール・ブリュット/交差する魂”展からみえてきたもの
Vol.7 11/24(月・祝) 医療現場におけるアートの可能性-ホスピタル・アートを通して
Vol.8 11/30(日)   アヴァンギャルドと子どもの絵
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by karino-tohko | 2008-10-16 21:49 | ARTS、CINEMA、BOOKS | Comments(2)
2008年 04月 24日
「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」
下の記事のコメント欄に書いた、アウトサイダ-・ア-ティストであるヘンリー・ダーガーのドキュメンタリー映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』の予告動画です。
この間から試してみたけれど、やっぱりエキサイト・ブログにはYoutubeの動画は貼れないようなので(セキュリティ上「object」「param」「embed」タグが使えないと出るので)、もどきで。
(画像をクリックすると別窓でYoutubeの該当ページが開きます。)




f0000211_11504551.jpg以下の紹介文と画像は、映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』公式サイトより。
ヘンリ-・ダ-ガ-(1892-1973)

親類も友人もなく、雑役夫として働いた病院と教会のミサを行き来するだけの貧しい生活を送った孤高のアウトサイダ-・ア-ティスト。
身寄りもないまま1973年にシカゴでひっそりと息を引き取った後、40年間を孤独に暮らしたアパ-トの部屋から「非現実の王国で」と題した15,000ペ-ジを超える小説の原稿と数百枚の挿絵が発見された。
孤独の中にたてこもり、妄想を綴り、生涯をかけて描いた作品は、死後、急速に評価を得て、今、もっとも注目を浴びる話題のア-ティストでありながら、その生涯はベ-ルに包まれている。
日本でも、1993年に世田谷美術館で開催された「パラレル・ヴィジョン」展で初めて紹介されて以来、圧倒的な人気を集めている
f0000211_11555744.jpg

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by karino-tohko | 2008-04-24 12:10 | ARTS、CINEMA、BOOKS | Comments(9)
2008年 04月 22日
「アール・ブリュット/交錯する魂」展
先週、先月書いた『アール・ブリュット/交錯する魂』展に行ってきた。
『アール・ブリュット/交錯する魂』
http://www.no-ma.jp/artbrut/

アール・ブリュット(ART BRUT)は、直訳すると、「生(なま)の芸術」「加工されていない芸術」。

アール・ブリュットとは、既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品の意味で、英語ではアウトサイダー・アートと称されている。加工されていない生(き)の芸術、伝統や流行、教育などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動のままに表現した芸術である。フランスの画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901-1985)によって考案されたことばである。
(NO-MA 『アール・ブリュット/交錯する魂』展のサイトより)

アール・ブリュットは、20世紀始めのヨーロッパの精神科医によって発見された。
その多くは、精神を病んだ人、知的障害のある人、監獄に収容された人など、誰にも知られずひとりだけの世界で生み出した作品。

(新日曜美術館 『絶対唯一の表現者たち アウトサイダーアートの世界』番組内より)

会場の「ボーダレス・アートミュージアム NO-MA」は、古い建物が残る町の、ひと気のないひっそりした通りの中ほどにあった。
数件手前に来るまで、どこにミュージアムがあるのかわからないほど控えめな入口。
f0000211_1922842.jpg

f0000211_1925357.jpg(人が途切れるのを待って撮ったわけではなく、私が入った時も出てきた時もこうだった。)

昭和初期の町屋を改築した建物で、居心地いい空間。
玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えて、照明を抑えた仄暗い室内へ。


展示は、「人のカタチ」「都市の夢」「文字という快楽」「凝縮された宇宙」「想像の王国」の5部構成で、最初の方に、この間NHKの番組で見た小幡正雄さんの作品があった。
(作品の概要は前回の記事で。)
それぞれの絵の隅には、なにやら記号が。
o  S
B 18
A 11
T 11
M 生




抜けていた文字があったからか、大文字と小文字が混じっていたせいか、その記号のようなアルファベットが名前のサインであることに気付くのにしばらくかかった。
横にある数字はその絵を描いた日にちではなく、生年月日らしい。
そういえば子どもの頃は、その日の日付よりも生年月日の方がずっと身近で、名前の横に併記する機会がよくあった気がする。
いや、併記する機会があったというより、自分のイニシャルを覚えた頃にあちらこちらにイニシャルを書き付けたように、S…という生年月日の書き方を覚えた頃、やたら名前に併記していたのかも。
自分には縁のなかった結婚の絵のひとつひとつに書き込まれた生年月日。
「描いとけば、記念になると思って。当然な」という小幡さんのことばが思い出される。


別のひと続きの絵の前で、一緒に行ったKoさんが「あ、この人、知ってる。養護学校にいた人やわ。へぇー、絵描いてはったんかー」。
自分の内面を晒すような人物画の横には、その作者のポートレートと解説。
絵を描いている知人の作品をたまたまギャラリーで目にする、というのとは違う、何か複雑な気持ち。
その絵が、人に見られることを前提に描かれた「作品」という様子ではなく、描かずにいられなくて描いてしまったふうだったからか。
Koさんの知り合いだと聞いただけで、「美術展に展示されている作品」がいっそう「個人的な内面の露出」の色合いを帯びてきて、あまりまじまじと見てはいけないような気持ちになってくる。


ひと通り展示作品を見た後、奥まった小さな売店で、図録『THE WORLD OF OUTSIDER ART アウトサイダー・アートの世界 ― 東と西のアール・ブリュット』と、極小の漢字がびっしり書き込まれた喜舎場盛也さんのクリアフォルダと、不思議な図案のようになった戸來貴規さんの日記のマグネットと、外国の作家のポストカード数枚を購入。
久しぶりに買い物をしたような気がする。
しかも、たくさん。
普段あまり買物をしない私がいきなりあれこれ抱え込んでいたので、後から入って来たKoさんが面白がっていた。
5巻あった作品DVDも欲しかったけれど、高くて全部は買えないし、どれにするかすぐには決められない。
離れの蔵で上映されているらしいビデオを見てから決めることにして、裏庭から蔵へ。
Koさんはそろそろ個展のお手伝いに戻らなければいけない時間だったので、個展会場へ。


f0000211_1933885.jpg小さな蔵は戸が開け放たれていて、正面にある液晶モニタでは、ちょうど戸來貴規さんの日記の話が流れているところだった。
ビデオを見ていたのはひとりだけで、それ以外に、モニタに背を向けて、後ろの壁際の台の上に置かれた美術雑誌や画集を読み耽っている人がふたり。
蔵の中は静かで、ゆっくり語られるビデオの音声以外には、本のページをめくる音と時折外から鳥の鳴き声や足音が聞こえてくるだけ。

f0000211_194861.jpgしばらくすると後ろで本を読んでいた人たちが出て行ったので、そちらに移動して棚を見てみると、画集の中にヘンリー・ダーガーの『非現実の王国で』があった。
一度現物を見てみたいと思っていた本。
ビデオを眺めながらゆっくりダーガーの画集を眺めて、約1時間。
しんとした室内と、戸外からか聞こえてくる物遠いかすかな音。
開け放した小さな出入口から差し込む穏やかな日射し。
子どもの頃に夏休みを過ごした田舎の祖母の家を思い出す。

途中、ビデオで何人目かの作品紹介が終わったところで入れ違いに、今そこに映っていた人らしい人が入って来た。
直前まで20分間見続けていた人で、しかも見ながらとてもその人のことが気になっていたので、相貌失認症ぎみの私もさすがにその人に似ていると気が付いたんだけれど、一緒にいるご両親らしい人がビデオに映っていた人とは違うように見える。
もしご本人なのだったら無性に声をかけたいんだけれど、声をかけたりしたらびっくりしてしまうだろうし、なんて声をかけたらいいのかもわからない。
ああそうだ、もし自分が映っているビデオを見に来られたのなら、一緒にいるご両親に、つい今しがた終わったばかりなのでビデオが一周するのはまだまだ先だと教えてあげたい。
でも、ほんとにその人なのかどうかがいまいちはっきりしない。
気になりながらビデオを見ていたら、後から入ってきた人が一緒に入ってきた人に小声で「あ、あそこの人、あの絵の人」と。
やっぱり本人らしいとわかったけれど、人がいると声をかけにくいので、「ビデオ、まだまだですよ」と心で念を送りながら、約2時間あったビデオが一周したので蔵を後にした。


図録などを買った売店に戻って「文字という快楽」(喜舎場盛也さん、富塚純光さん、戸來貴規さん)と「都市の夢」(辻勇二さん、本岡秀則さん)のDVDを買ってから、いったんKoさんのいる個展会場に戻り、ひとりで第二会場へ。
こちらも、すぐそばに来るまでそこにあるとは気付かないような、ささやかな会場。
f0000211_196420.jpg
f0000211_195620.jpg
中にはふたりの造形作品と、スクリーンでのビデオ上映。
映像が映されているスクリーンの脇には、かつてその家で使われていたらしい古い箪笥類と梯子。
上映されていたのは、ネック・チャンドというパキスタンの人がインドに作った「チャンディガールの石の庭園」のドキュメンタリー。
すごい。
庭園というより、王国。
少しだけ見たら帰ろうと思っていたけれど、やっぱり丸々全部見てしまった。f0000211_1964657.jpg

ビデオを見ているうちに、さっきの絵の人が上映室に入って来られて、少ししてから外へ。
ビデオが一周したので出口に向かうと、そこでその方が他の方のノートにサインされている様子。
サインをお願いできるならその時にひとこと声をかけられるかな、お願いしてもいいのかな、と迷いつつ、ちょうどお父さんが私の横に来られた時におそるおそるご挨拶して尋ねてみたら快諾して下さったので、直接そっと声をかけて、さっき買ったDVDケースのご本人の写真の下にこっそり(でも大きな文字で)サインしてもらった。
うれしい。
ありがとうございます。
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by karino-tohko | 2008-04-22 19:15 | ARTS、CINEMA、BOOKS | Comments(7)
2008年 03月 14日
アウトサイダー・アート (アール・ブリュット)
今月の初めにNHKの『新日曜美術館』でアウトサイダー・アートの特集があったのを、先週末に一週間遅れで見た。
アウトサイダー・アートと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ヘンリー・ダーガー。
ネット上でしか作品を見たことがないけれど、ひと目見てそこに描かれた世界に惹かれて、その後ダーガー自身のことやそれらの絵の背景を聞いて、その内面世界に一層惹き付けられた。

『絶対唯一の表現者たち アウトサイダーアートの世界』

今、世界的に注目を集めているアウトサイダーアートを特集する。
屋根のかわらの一枚一枚、線路のまくら木の一本一本、木の葉の一枚一枚までがち密に描かれた仮想の町の鳥観図。全身を1万本もの小さなトゲでびっしりと覆われている不思議な陶芸のいきもの。A4サイズの紙の全面を埋め尽くすのは、てん刻のように整った筆致で書かれた1ミリ四方にも満たない極微の漢字だ。
どの作品も、思わず、「何だこれは?」「なぜここまで?」と見入ってしまわずにはいられない。
作者は皆、正規の美術教育を受けたことがなく、知的障害や精神疾患などを抱える人びとだ。
彼らの作品は、アウトサイダーアート、あるいはアール・ブリュット(生(なま)の芸術)と呼ばれる。その無垢な独創性や研ぎ澄まされた感性から、ヨーロッパでは、模倣とは無縁の「真の芸術」として注目されてきた。
キーワードは、「孤独、秘密、沈黙」。
誰にも知らせず、孤独のなか、自分で編み出した手法、自分が選んだ素材と題材で、密やかに作り続けられてきた。
既成の美意識、社会的評価に惑わされることなく、描きたいから描き、作りたいから作る。
そこにあるのは、表現することへの人間の根源的な欲求である。
知られざる新たな芸術“アウトサイダーアート”の深遠な世界に分け入る。

『新日曜美術館』 公式サイト 3月2日分放送内容より)


小学生の頃から毎日日記を書いてきた27歳の戸來貴規(へらい たかのり)さんは、いつの頃からか、書いた文字の部分部分を独特の方法で鉛筆で塗りつぶすようになっていた。
日記の表には、日付、天気、気温、名前が書かれています。
天気は毎日「晴れ」です。
裏には毎日同じ文章が綴られています。
戸來さん独自の方法で塗りつぶされていく日記。
その日記は文字が読めなくなった瞬間、不思議な絵に生まれ変わります。
一見アールデコの装飾のような、余白の白と力の込められた黒のコントラストの烈しい、圧倒するような紙面。
でもそこに書かれているのは、とても穏やかな記憶。
「きょうはラジオたいそうをやりました
 やすみをあそびました
 ぬりえをかいました
 牛乳をのみました」

小学校時代一番うれしかった思い出を、戸來さんは書き続けています。
毎日毎日繰り返し綴られている、20年前の切り取られた幸福な一日。
数十センチの厚みを持ったずっしり重そうな紙束の中に、その記憶がぎゅっと圧縮され、反復され、なぞられ、愛しまれている。
どんな気持ちで毎日それを繰り返し書き続けているのかは私にはわからないけれど、揺ぎ無く一点にぎゅっと収縮していくかのような思いは、私にも覚えがある。


神戸市内の施設で暮らす64歳の小幡正雄さんは、ダンボールの裏に、結婚式の絵を繰り返し描き続けている。
50歳を過ぎた頃から、給食室の裏に捨てられているダンボールをこっそり拾ってきて絵を書き始めた。
小幡さんの絵のモチーフは、現実の世界では全く縁のなかった結婚式や家族の姿です。
迷いのない線と、子どもがクレヨンで塗りつぶすように一生懸命塗られた赤い色。
どの絵もほとんど同じ構図、同じ色合い。
多くの絵は万歳するように両手を大きく挙げていて、プリミティブ・アートのような明快さと力強さがあるけれど、しっかり塗られた花嫁と花婿とその間に立つ小さな子どもは、無表情にはるか遠くを見つめているように見える。
「小幡さんは結婚したかったの?」
「うーん、そういうこともあると思うけどな、
描いとけば、記念になると思って。当然な。
ちょっと性格、内向的なところがあるからな、自分は。
さびしいよ、ひとりだと。それと一緒で。」
今も毎晩遅くまで、施設のベッドの上で、自分には縁のなかったもうひとつの人生をダンボール紙の上に描き続けているという。


5ミリ四方にも満たない極小の漢字で用紙をびっしりと埋め尽くしていく喜舎場盛也さん、瓦の一枚一枚まで書き込まれた緻密な俯瞰図を描く辻勇二さん、細胞を思わせる緻密で透明感のある絵を微細な点描で20年かけて描き上げた坂上チユキさん、様々な電車の正面顔を無心に描き並べ続ける本岡秀則さん、無数の棘で覆われた不思議な生き物を作り続ける澤田真一さん、等々。
どれも、見る者を圧倒する作品ばかり。
どれも、深く深く内側の一点に向かっているように感じる。
それを「表現」だと受け取るのは、それを「作品」として見る者の目線だろう。
ただひたすら表現したいという衝動。
描かずにいられないから描く。
作らずにいられないから作る。

描かずにいられない衝動。
抑えられずに噴き出すもの。
自分のためだけに作品を作り続ける。

詩を書き始めた時、絵を描き始めた頃、確かに自分にもそんな時期があった。
それでしか表せなかった自分。ひたすら自分の内面に向かうような表現。
羞恥と怖れから決して家族や知人には見られないようひた隠しにしていた、吐露と固執。
長く忘れていた自分の中の感情や思いが揺さぶられる。
そんな衝動を、私は何にすり替えてきたのか。


(二番目以降の引用部分は番組ナレーションなどから)



追記:
現在、滋賀の「ボーダレス・アートミュージアム NO-MA」で『アール・ブリュット/交錯する魂』(会期は5月11日まで) が開かれていて、その展覧会カタログが一般書店でも買えるようです。
『THE WORLD OF OUTSIDER ART アウトサイダー・アートの世界 ― 東と西のアール・ブリュット』
(税込2520円。カラー作品図版100点収録、和文・英文構成)
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by karino-tohko | 2008-03-14 18:30 | ARTS、CINEMA、BOOKS | Comments(3)