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2011年 03月 31日
父親の認知症
先月母親から「お母さん、病気みたいやねん。来週検査受けるから」と電話があった時、「ところでお父さんはその後どう? もし徘徊とかするようになったら、お母さんが捜しに行くの大変やん」と言ったら、「そんなん、捜しになんか行かへんわ。ほっとくわー」と笑っていた母親。
その翌週、妹が、母の検査結果を知らせてきた電話で、「お母さんも大変やけど、お父さんも大変やねん。聞いてよ」と。

その数日前、ちょうど母親と徘徊のことを話した日の少しあとに、母親から妹のところに、毎朝近所に散歩に出ている父が午後二時頃になっても帰ってこないと電話が入ったと言う。
昼食も食べずこんなに何時間も散歩し続けるなんておかしい、もしかしたら事故にでも遭っているのではないか、ということになって、ふたりで手分けして捜しに出たらしい。
けれど、住宅地内を散々捜しても見つからず、早々に帰宅した妹の夫にも捜しに出てもらい、日が暮れてきたので警察にもお願いして捜してもらって、でも、見つからなくて。
空気が凍てつくように冷たい日だったので、もしどこかで倒れでもしていたら危険だとのことでどんどん遠くまで捜しに出て、結局、夜九時過ぎに、ずいぶん離れた別の住宅地内のひと気のない暗い道を歩いているところを妹が発見したとのこと。

「まさかあんなところまで行ってるとは思わなかった。朝ご飯のあと何も食べていないままで、あんな寒い日にちょっと近所を歩くくらいの恰好で丸一日歩き続けてて。目もうつろで、足もひきずっていて、もうぼろぼろで。その姿を見たら泣けてきた」と。
「自分が何をしてるのか、なぜ歩いているのかもわかってなかった。話しかけても要領得なくて」
「あんなに大変だったのに、その三日後には、そんなことがあったことも全然覚えてなかった」


最後に会った時には、確かまだ車も運転していたのに。家族で店で食事して、支払いもしていたのに。まだ「おじいさん」じゃなく「お父さん」だったのに。いつの間にそんなに認知症が進んだのか。

今回の帰省に際して、いつも元気だったあの母親が病院のベッドに横たわっているのかと思うと、それを見なければいけないのがつらかったけれど、あの俺様の父親が認知症に侵されていっている様子を見なければいけないのは、もっとつらかった。


(なかなか書き進まないのでいったんここまで。)
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by karino-tohko | 2011-03-31 23:42 | 日記
2011年 03月 26日
母親の手術 (大荷物過ぎる)
母親に会うのは三年ぶりくらいか。
手術当日の朝、三人部屋の病室に先に入った妹がどこかのおばあさんに話しかけていると思ったら、母だった。
いつの間にこんなに年老いていたのか。
見慣れないおばあさんが口調やしぐさから母親に見えてくるのにそんなに時間はかからなかったけれど、顔は記憶にあるものとどこか違っていて、こんなに細く涼しげな目や口をしていたっけと不思議でならない。


「手術後はICUに入ったあと個室に移るので、いったん病室の荷物をここにまとめておいて下さい」と、看護師が大きな二段のワゴンを持ってきてくれたけれど、荷物が多過ぎてワゴンに収まりきらない。
なんで、入院するのにこんなに大量のお菓子や保存食を持って来るのか。なんで田楽味噌が必要なのか。
なんで、入浴・洗面用具だけで大きなボストンバッグ一個分もあるのか。
あちらこちらにばらばらに入っている荷物を整理していると、シャンプーだけでも6本ほど出てきた。「あのシャンプーもこのシャンプーも」と持ってきたわけじゃなく、かばんに入れたかどうか、どこに入れたかわからなくなってどんどん足したのか。

大きなカバンの中で何か匂うと思ったら、たくさんの果物と、冷凍庫から出して持って来たらしい干し柿と干し芋が。
暖房の効いた病室に入ってから数日経っているので、りんごはしわしわになってポンカンはカスカスに、そして、解凍された干し柿は、変色した汁が出て一部どろどろモヤモヤ白いものを発生してキケンな匂いを放っている。
「すぐ手術するってわかってるのに、なんでこんなにたくさんの生ものや冷凍物持ってくるんかな」と、妹。
腐ってるから捨てるよ、と言っても、母は「冷凍してたんが溶けて汁が出てるだけやから」と。「ううん、茶色のどろどろの液に白いカビが出てるし」「白いのは干し柿に付いてた粉やから」と聞かず、「ほら、その白いのとは違うやん」と見せても、目が悪いのもあってよくわからないようで、「いったん家に持って帰って冷凍しといて。また今度ちゃんと見ながら食べるし。大丈夫やから」と。
いつからそんなに判断力がなくなってたのか。泣けてくる。


看護師から何度も「ずいぶん大荷物ですが大丈夫ですか?」「○○さんは特に荷物が多いですからね」と言われ、なくても問題なさそうな荷物や果物はいったん妹の家に持ち帰ることにして、残った入院道具をなんとかワゴンに積み上げきって、やれやれ。
「ではこちらへ」と大荷物の載ったワゴンを押して病室を出る看護師の後ろを、点滴チューブがつながったスタンドを押す母と私と妹の三人でついて出て、通路をめぐり、「こちらが手術室の入り口になります」と看護師が立ち止まって「ここでしばらくお待ち下さい」と立ち去ったところで、母親が「ティッシュ、欲しい。そこのかばんに入ってない? あっちは?」と、チューブのつながった手でごそごそ。
「あ、私持ってるよ、えーっと…はい」と妹がポケットティッシュを手渡すと、その中から一枚取り出しながら、いつの間にか廊下に面した扉の向こうに現れていた看護師に引かれていって、そのままドアが閉まった。
「…え?」
「あ…このまま手術?」
ふたり廊下に取り残されて、やや、呆然。
「『がんばって』も『じゃあね』も言う間なかったね」

7時間後にもう一度無事母に会えるよう祈りながら、戻って来た看護師に案内されて家族控室へ。
必ずどちらかがその部屋にいて連絡が取れるようにしておいて下さいとのことで、交代で食堂に行ったり母の洗濯物をランドリーに出し入れに行ったりする以外は、ふたりともその小さくて静かな部屋で一日、うとうと眠ったり、病室から引き揚げてきた果物やお菓子を食べたり、置いてあった雑誌を眺めたり、またうとうと眠ったり。
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入院時に手術の説明に付き添ったのは、妹。
「先生が、『いったん腸は全部出して横の袋に入れておきますから』って言うからびっくりして、思わずお母さんと同時に『へっ!? 出して元に戻るんですか??』って言うたわ」
「先生はなんて?」
「『もちろん戻ります』って」
そりゃそうだろうけれど、電気製品のケーブルでも買っていったん束からほどいたらきっちり元通りには収まらないのに、内臓や脂肪がぬめぬめぎゅうぎゅうに詰まってるところに捻じれたりせずうまく収まるんだろうかと、昔理科の解剖の授業で取り出したフナの腸の感触を思い出しながら、やや心配に。

「お母さん、7時間もの手術に耐える体力あるんかな」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。先生が、男性並みのヘモグロビンがあるし、輸血も必要ないやろうって言うてはったわ」
ああ、そうか。手術の時には輸血のためにも家族は必要なのか、とあらためて気が付いて、もし将来老いた私が手術して血液が必要なことになっても、その時付き添ってくれているであろうふたりきりの家族のRが私に血をくれることはできないんだなあと、なんだかちょっとさみしくなった。


控室でとろとろと過ごした長い一日の夕方、食堂で遅い昼食を済ませて控室に戻ってしばらくした頃、廊下から「○○さんの御家族の方ー」と呼ばれた。
「手術は予定より約一時間早く、今から30分ほど前に終わっています。成功しています」と。
よかったー。
「御希望があれば摘出したものをお見せしようかと準備していたのですが、お呼びしてもおられなかったようなので、もう処置にまわしてしまいました」
「え? あ…私、寝てた…?」
と、妹。私が食堂にいた頃らしい。
「あー、自分の(甲状腺腫瘍摘出手術の)時は見れへんだから見たかったのにー。いつ呼ばれてもいいようにって一日詰めてたのにー」
「今はICUに移られています。まだ麻酔が効いていてお話はできませんが、お顔を見られますか?」
とICUに案内されて、穏やかな顔で眠っている母を見てひと安心。

がんは子宮全体に広がっていたけれど、筋肉の中心までは達していなかったため、肝臓近くのリンパ腺まで摘出する予定だったのが骨盤内部分の摘出だけで済んだので、予定より早く手術を終えられたとのこと。
思ったより出血があったけれど、先に採っておいた本人の血液を戻すことで賄えたとのこと。
転移がないかどうかの結果は後日。


二時間後、麻酔が切れて薄っすら目を覚ました頃にもう一度面会して声をかけて、少し頷く母を見て、妹宅に帰宅。
翌朝もう一度妹と病院に向かい、ICUで面会。そのあとまた控室で半日過ごして、午後、母が個室に移ったあと、詰め所で預かってもらっていた大荷物の整理をして、ふたりで母のベッド脇で夕方まで過ごして、また妹宅へ。
f0000211_2163232.jpg

その翌日は父と妹一家も一緒に母の顔を見に来て、妹は落ち着かない父親や子どもらと早々に帰り、私は夜、母が三分粥の食事を終えるのを見届けてからタクシーと電車数本を乗り継いで自分の家に戻った。


驚いたのは、経過予定表によると、手術翌日にはベッドの上で体を起こし、そのまた翌日には立ち上がって病室内を歩くという予定になっていたこと。
腸を全部取り出して詰め直したのに翌々日にはもう立って歩くって?? と、人間の生命力に感嘆。
さすがに、年配の母にその回復力は望めず、立ち歩く予定だった日もまだ食事時に体を起こす以外は寝たきりだったけれど、手術から二日しか経っていないのにお粥を食べられるようになっただけでも有難い。
ぼちぼち回復していってくれますように。
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by karino-tohko | 2011-03-26 21:19 | 日記
2011年 03月 23日
戻りました
母親の手術は成功して、私は日曜の夜にこちらに戻ってきていました。
ご心配して下さっていた方がおられたら、報告が遅れてすみません。
後日、転移がないかどうかの検査があるようです。

帰省してショックだったのは、母親のことよりも父親のこと。
書きたいことは多々あるけれど、こんな時に、班長をしている町内会のいざこざが重なり、会社も労使トラブルの山場で、なかなかまとまった時間が取れず落ち着いて書く時間が取れません。
取り急ぎ報告まで。
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by karino-tohko | 2011-03-23 11:41 | 日記
2011年 03月 17日
-
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朝、お粥に天塩をふろうとして、塩壺がほぼ空っぽになっているのに気が付いた。
午後、早退しての帰宅途中、必要なものがいとも簡単に買えることにつくづく感謝しながら、コンビニであらじおを購入。
郵便局にも立ち寄って、母親が入院前日の一昨日に発送してくれていた玄米を受け取ってきた。
ありがとう、ありがとう。

私のいない間にあんなことやこんなことが起きないかと、あれこれ心配して余計なことをしていたら、余裕を見て多目にプリントしておいた乗り換え案内の電車すべてに乗り遅れて、各駅停車でのぐだぐだな出発。
十数年ぶりか数十年ぶりかの特急に乗り換えて、昔毎日遠距離通勤していた路線の急行に乗って、何年ぶりかの駅へ向かい中。
明日は妹の車で7時に病院に向かう予定。
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by karino-tohko | 2011-03-17 19:10
2011年 03月 16日
最後の雪
f0000211_3401914.jpg

ケータイに保存してあった、以前空き地だった場所の写真。
去年撮ったものだと思っていたのに、日付を見ると三年も前だった。

携帯電話の電池パックが寿命間近かでwebを開くとバッテリー切れを起こすようになって、家のパソコンもネットにアクセスできなくなった。
言葉が流れ込んでこない静かな夜。

先々週、たばこをやめた。

今週、母親の手術がある。
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by karino-tohko | 2011-03-16 03:40
2011年 03月 13日
「炊飯時間をずらすだけでも 救える命があります」
被災地域への送電にあたって、現在東京電力管内で節電の呼びかけが行われています。

f0000211_15252363.jpg
「消すんじゃないよ、届けるんだよ」
http://setsuden.tumblr.com/post/3807206075/

f0000211_15255785.jpg
「救援物資よりも、電気は早く届きます。 ~離れていてもいますぐできること、節電。~」
http://setsuden.tumblr.com/post/3805590425/


印刷して東京電力管内の街中に貼って下さいとのこと。
上記以外にもたくさんのポスターが作られています。
節電ポスター

プリンターのない方は、リンク先の各ポスターの下にある「ネットプリント」の番号をセブンイレブンのコピー機に入力するとプリントアウトされるそうです。
リンク先では新しいポスターの投稿も受け付けられています。



節電(ヤシマ)作戦は、超大成功だったもよう。水力発電分の水が1日分、浮いたそうです。 これを1週間できたら日本人の連携は、もはや神レベル。
@Yojivoix
ヤシマ作戦とは、エヴァンゲリオンに登場した同名の作戦(超長距離砲射撃のために日本全国の電力を集めた)になぞらえて、節電の協力を呼びかけるプロジェクト。
この状況でこんな拡散の仕方は不謹慎だという声も多く出ているようだけれど、今はノリでも何でも、興味を引き付けて結果が出ればいいと思う。

ヤシマ作戦
http://nerv.evangelion.ne.jp/
(リンク先の文書をクリックするとこの作戦に関する詳細が書かれています)

地震の影響で一部の発電所が停止しており、電力の確保が行えず、関東の一部及び東北エリアのほぼ全域で、停電が発生しておりました。東京電力が東北側に送電する必要がありましたが、東北に回すには需給状況が逼迫し、東京やその周辺を輪番停電させる必要がある状況となりました。

被災地の電力が復旧するということは、基地局の通電により通信などが可能になるので連絡が可能になるということ、病院の機器を使ったり、暖を取ったり、調理ができるようになる事、水道が動き出すこと等を意味します。

「ヤシマ作戦について」より)

「炊飯時間をずらすだけでも
救える命があります」

「ヤシマ作戦概要」より)

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by karino-tohko | 2011-03-13 15:35
2011年 03月 12日
地震と情報の津波
11日14時47分頃に、揺れの長い地震。
震源地は東海地方あたりかと思いながら速報を見たら、はるか遠い東北が震源地だと知って驚いた。

仕事の合間にのぞくtwitterは、救援要請、安否確認、被災状況、交通・ライフライン情報、緊急時の対処法など、地震一色。
Web上に次々に各種情報提供ページやまとめページが立てられてツイートされ、それから4時間経たないうちに、ビックカメラの充電器無料開放とサントリーの自販機無料開放に始まって、各企業や店舗・学校などから「暖かく休める場所を無料開放しています」「飲み物あります」等、避難場所や飲み物などの無償提供ツイートが次々に公式RTされ始めた。
「【東京23区内にいる帰宅難民へ】避難場所を公開しているところを可能なかぎりGoogle Maps でまとめました。リアルタイムで更新していきます!」と貼られたGoogle Mapsには、数時間のうちに800件近い開放場所が記されている。

ただ、首都圏の被害状況のツイートは次々に届くけれど、震源地近くの状況はよくわからないまま。(テレビが見られない人のためにUstでNHKニュースを配信する中学生や負荷分散のために(?)自らUst配信を始めるTV局が出てきたけれど、仕事中は音声が出せないし、限られたサーバでなるべく必要な人が見られるようにとすぐに離脱。)
夜9時からの仕事の打ち合わせのあと0時半頃帰宅して、テレビで震源地に近い地域の映像を見てショックを受けた。


今日の17時半には、福島第一原発のニュースがあった。
どうか、最小の被害で抑えられますように。

f0000211_19344131.jpg
Students hold candles as they pray for Japan's earthquake victims inside their school in the western Indian city of Ahmedabad March 11. (Amit Dave/Reuters)
Massive earthquake hits Japan /Boston.comより)



外国人から見た地震災害の反応。物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で混んでるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。本当だろう、この話。すごいよ日本。
@kiritansu

一回の青信号で1台しか前に進めないなんてザラだったけど、誰もが譲り合い穏やかに運転している姿に感動した。複雑な交差点で交通が5分以上完全マヒするシーンもあったけど、10時間の間お礼以外のクラクションの音を耳にしなかった。恐怖と同時に心温まる時間で、日本がますます好きになった。
@micakom

日本人の人間性は非常時においての強みになると思う。「暴動も起こさず、規律も守るのに驚いた」と海外の人が言って初めてそれが素晴らしいと言われることなんだと自覚するほどに、これらの行動を普通で当たり前だと認識しているという日本人の精神は、この状況を乗り越える重要な力だと思う。
@miss0302

地震のニュースを見ていて思ったのは、「法律が無くてもここまで人は動くのか」ということ。法的義務なんてない(はず)のに多くの大学やホテルが避難所として開放、飲食店が飲料・食料品を配布、NHK・民放各社がニコ生・Ustでの配信、鉄道会社の終日運行など。大丈夫です。ここは日本ですから。
@moon_the_100n


「人を救うのは、人しかいない。」
http://bit.ly/aZpKZY
(公共広告機構/1995/石井達矢,山本良二)


■【緊急用伝言ダイヤル171(イナイ?)】
携帯や家電がつながらず連絡が取れない場合の安否確認に
・被災者の方→ 171 + 1 + 自宅の電話番号(市外局番から)で伝言吹き込み
・安否を確認したい方→ 171 + 2 + 安否を知りたい家の電話番号(市外局番から)で伝言再生
(NTT東、東北6県全域の公衆電話が無料開放されています)


■【血液透析の必要な方】
透析可能病院とベッドの数が記載されています
http://www.saigai-touseki.net/sendsdata/total.php
日本透析医会災害情報ネットワーク


■【テレビが見られない方へ】
こちらのUstreamで、テレビ局各局の地震に関する緊急報道番組が見られます。
(『テレビが見られる状況の人は、できるだけUstreamにはアクセスしないでください。インターネットしか使えない被災地の人たちのために、Ustreamのサーバーに余裕を持たせましょう』とのこと。)
・NHK   http://www.ustream.tv/channel/nhk-gtv
・日本テレビ http://ustre.am/vnel
・TBS   http://www.ustream.tv/channel/tbstv
・フジテレビ http://www.ustream.tv/channel/japanhelpchannel
・テレビ朝日 http://www.ustream.tv/channel/annnews
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by karino-tohko | 2011-03-12 20:22
2011年 03月 09日
決行
二度延期されていたパンダ作戦Xデーが昨日ついに決行。今日も緊張状態。
早く決着をつけたい。

午後からずっと軽い不整脈が続いていて、コンコン咳が出続けている。

夜になってから忘れていた給与支払い準備をした。
あぶないあぶない。

履く靴下がなくなってきたので昨晩洗濯したら、ふたり分で48足、25日分あった。
(親の習慣を真似て、靴下は他の洗濯物と分けて洗っている。)
すぐに靴下が足りなくなったり洗濯後に収納場所がいっぱいになるのは、洗濯を溜め過ぎるからか。
自分では一週間分くらいしか溜めていないつもりだったので、洗濯後にピンチハンガーが全く足りなくなって驚いた。



昨日の続きを書きたかったけれど帰る時間。
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by karino-tohko | 2011-03-09 22:36 | 日記
2011年 03月 07日
悪い知らせ
二週間ほど前の夜、母親から電話があった。
「お母さん、病気みたいやねん」と。
深夜台所に立っているときに下腹部に違和感を感じてふと見ると、足元の床がびしょびしょに濡れていたらしい。
妊娠時の破水に似た感じで、でももちろんそんなわけはないし、だったら小水かと思いながら拭いてみると少し血も混じっていて、どちらにしても何かおかしなことが起きていると感じて、近くに住む妹の車で夜間救急診療へ走ったという。
でも、当直の医師が婦人科でも泌尿器科でもなかったので何もわからず、痛み等がないことだけ確認して、その晩は帰宅。
その間、妹に持って来てもらった生理ナプキンを何度も替えなければいけないほど血の混じった水が出続けていたらしい。
翌日近くの病院に行ったところ、子宮内に大量の水。
原因は検査してみないとわからないということで、来週検査を受ける、という連絡だった。
で、先週の月曜日が、その検査日。

結果を気にしていたら、妹から電話があった。
一緒に結果を聞きに行ってきたところ、子宮体がんだったとのこと。
最後に子宮がん検診を受けたのは4年ほど前らしい。
以前私の父親ががんになって以来、似た体質の私も危なそうだとは思っていたけれど、なんとなく、母親の方はがんとは縁のなさそうな人だと思っていた。
医者の説明によると、これまで自覚症状がまったくなく元気な様子からまだ転移はなさそうなので、患部を取り除けば大丈夫だろうとのことらしい。
そうであって欲しい。

来週、遠方の大きな病院に入院して転移がないか全身のMRIを受けて、二日後に手術の予定。
母親は、私が子どもの頃からこれまでの間寝込んだのを見たことがないくらい、風邪も滅多にひかないような人だった。
病気になること、体の自由が利かないことには慣れていなさそう。
自分の体のことも、ひとりにしておけない状態になっている父のことも不安だろう。

両親が90歳くらいまで生きたとしても、今の帰省ペースじゃ親に会えるのはあと6,7回ほどしかないのかと、もし80歳くらいで亡くなるとしたら、もう2,3回しか顔を見ることがないかも知れないと、あらためて数えて驚いていたばかり。
時間はあるようでとても短い。
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by karino-tohko | 2011-03-07 20:42 | 日記
2011年 03月 07日
眠って終わった
先週と先々週の日曜日は珍しく二週続けて予定が入っていたけれど、今日は一日眠って終わった。
家の中がまたどこもかしこもあんまりな状態になってきているのでなんとかしたいと思いつつ、何もできず。

先週、プラスチックごみを出しに行くついでに郵便物のビニール封筒もごみに出そうと数ヶ月ぶり(半年ぶり?)に郵便受けにたまった郵便物を少し探っていたら、中から、更新可能期間を半分以上過ぎたRの運転免許更新のハガキが出てきた。
なんとか間に合ってよかったけれど、冷や汗。
で、今日、他にも何か見落としてないかとたまった郵便物の上の方のを少し手に取ったら、新機種の宣伝だと思って放置してあったauのDMの内容が、
「お客さまが現在ご利用中の携帯電話は、2012年7月までに切替予定の新たな周波数ではご利用ができなくなります」と。
えっ? まだ当分使うだろうからと、まさに昨晩、バッテリーを注文したところ。
「この期間中に機種変更していただくと、10,000円キャッシュバック!」
DMが届いてたのは正月頃。
もう優遇期間終わってるし。


少し調子が戻りかけたと思ったらトラブルが起こり、落ち着いてきたと思ったら不安事項が出てきて、の繰り返しで、なかなかペースが戻らない。
精神的に安定しないとなかなか部屋の片付けにも取り掛かれない。
睡眠の方はこのところ、夕食後の0時前後にリビングで寝落ちて、朝方目が覚めて1,2時間洗い物したり炊飯器セットしたりお風呂に入ったりPCのぞいたりして、5,6時頃からもう1,2時間ベッドで寝直すパターンになってきている。
この間は、3時に目が覚めてあれこれ済ませて6時過ぎにベッドに行こうとしたら、Rが「今日は早く会社に行かないと」と起きてきて、結局午前3時起きのまま出勤する羽目になったけれど、その日以外は、以前のパターンよりは睡眠時間も1,2時間増えたし、睡眠のゴールデンタイムに1,2時間眠るようになったので、よくはなっているのかも。

今日もあと2時間、ベッドで眠ってこよう。
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by karino-tohko | 2011-03-07 05:34 | 日記