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2007年 12月 31日
12月30日
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12月30日分。
スケジュールアラームで目が覚めたら、昼1時。
やばっ。
今日の目標は、年賀状書きと、宅配の営業所で止まっている妹の嫁ぎ先からの荷物の受け取り。
最近、一日にこなせることの量が自分で思っている以上に少ないらしいことがわかってきたので、あれもこれもと思って後でほとんど出来てなくてヘコむよりは、最低限したいことだけをピックアップしておいて、それをきちんと片付けるようにしようと、超甘めの目標。
できれば早めに年賀状を書き上げて、少しは部屋も片付けたい。


起きて、洗濯機をまわして、年賀状。
でも、なかなか進まない。
ほんの一言書くだけなのに、親類宛のを数枚書いただけで、夕方。
昨日の夜印刷しておいたハガキに合いそうな色のペンを引き出しの中から探したけれど、思ったような色がなかったので、書くのが楽しくないせいか。
書けば書くほどハガキを汚なくしているようで、苦痛。
宅配やさんが今日何時まで開いているかも気になるので、先に宅配便を受け取りに行って、ついでにお正月用のかまぼこ (先週買いに行ったら賞味期限が年内で買えなかった) とペンを買ってくることにした。


車で外に出ると、まだ外は充分明るくて、ラジオから流れる懐かしいような曲調の洋楽に、20年ほど前に映画で見た遠い町を走っているような気持ちになる。
宅配の営業所で包みを受け取って、そのすぐそばに新しくできたスーパーへ。

仕事帰りにRと数回来たことのある食品中心のスーパーで、少し国道から奥まったところにあるので、年末でも駐車場も店内もそれほど混雑していなくて、気が焦らずに済む。
目的のかまぼこをカゴに入れた後、Rと来た時にいつも、Rが豆腐やヨーグルトを物色している間 (ひとつ買うのに、あれこれ眺めてパッケージを読んで10分以上、長い時には20分ほど検討する。私もあまり人のことは言えないけれど、私はそこまではこだわらない) 時間をつぶしているレジ横の雑誌スタンドの『雑貨カタログ』をパラパラ見て、好きな雑貨がたくさん載っていることを確認して、カゴへ。
家を建てた頃よく読んでいた雑誌で、買うのはすごく久しぶり。
インターネットのない連休中に眺めようと、自分へのお年玉。
もっとエネルギーがあったら、書店でもっとたくさんの雑貨やインテリア系の雑誌を見比べてから買うんだけれど、今はエネルギー不足なので、選択肢はない方がいい。


そのスーパーにはペンはほとんど置いていなかったので、一旦家に車を置いてから、近所の小さなデパートへ。
文房具売り場の、選択肢が多過ぎず少な過ぎないペンの棚からハガキの写真に合いそうな色を数本選んで、購入。
下りエスカレーターに向かう途中で、同じフロアの、この間バスソルトを買いに来た時に目に止まって気になっていた好きな色のタオルがもう一度見たくて、タオル売り場へ。

私の好きな、わずかに緑味がかってぽってりした、パオと同じ水色。
タオルではあまり見ない色。
厚過ぎずしっかりした手触りも気持ちよくて、欲しくてたまらない。
でも、家にタオルは(ちゃんと洗濯した時には)棚に入りきらないくらいあるし、何よりタオルは会社で扱っているので、必要なら安く手に入る。
何もわざわざよそで、こんな高いもの(欲しいのはウォッシュタオルだけど、大判バスタオルだと一万円以上!)を買うことはない。
…と、この間自分に言い聞かせてあきらめたけれど、やっぱりこの色が欲しい。
さんざん売り場をぐるぐるして迷った後、迷っている時間の方がもったいない、後で後悔するくらいなら買っておこうと、思いきって購入。
エジプト綿を使ったイタリア製の「カラーラ ルクソール」のウォッシュタオル、1,890円。

それを迷って売り場を歩き回っていた間に、何年も前から気になっていたトリシア・ギルドの子ども向け柄のタオルがたまらなく可愛く見えてしまい、ちょうど3柄あったので、妹にメールして要るかどうか確認して、三人の子ども達へのお年玉に、タオルとお茶碗を柄違いで3セット購入。
さらにもうひとつ、薄いココア色の地に水色(薄ココア色との取り合わせでパオ色っぽく見える)の植物柄のミニタオルも購入。
迷ったせいで、買い物が増えてしまった。

最近物欲がなくなったと喜んでいたけれど、単にお店に行かなくなって、欲しい物が視界に入って来なかっただけかも。
要注意。


家に帰って、年賀状の続き。
買って来たペンの中でぴったり合う色があったのでウキウキしながら書いていたけれど、途中からペースダウン。
ハガキの印刷中にプリンタが壊れてしまい、急遽買い直して機種交換したせいで、印刷の色味が少し変わってしまっている。
少しの違いだけど、さっきまでと違って、ペンの色味が合わず、あまりきれいじゃない。
でも今さら仕方がないので、しぶしぶそのまま継続。


Rが帰って来たので、食事しながら海外ニュースを見て、「24」を見て、Rが寝た後、また年賀状の続きを書いて、
…気が付いたら、朝の5時半!
なんで!?
他に何かしてたっけ…?
呆然としながら、大晦日の朝からベッドへ。
おやすみなさい。


(携帯のカメラだとタオルの色味が再現できなくて残念。)
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by karino-tohko | 2007-12-31 20:49 | 日記 | Comments(0)
2007年 12月 30日
仕事納め
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仕事がだいたい片付いて、午後は事務所の大掃除。
…と言っても、普段共有部分につい溜め込んでいるものを、要らないものは処分し、要るものは片付けて、保存書類を年度毎にA4用紙の箱に入れて内容と保存期限を書いて倉庫に移して、久しぶりに現れた床や棚板をざっと掃いたり拭いたりしただけで、それでやっと普通の会社の普段レベル。
しかも、私個人の机周りはそのまんま。
それでも、確か去年、一昨年はそれさえできず、入り口に物が積み上がったまま年を越したので、今年は余裕があるというか、仕事が減っているというか…。

正月三ヶ日のうち少なくとも一日は、会社に出てやらなければいけない仕事があるけれど、倉庫作業の呼び出しがない限り、明日、あさっては休めそう。
その間、PCがなくてネットは見られないので、皆さん、よいお年を。


写真は、家の冷蔵庫に貼ってあるデカいマグネット・クリップ。
口幅13cmあって、クリップのバネも強く、裏の磁石もバチン!と強力なので、雑誌丸ごと一冊くらい余裕で挟んで吊るせそう。
ブリキか何かに艶消しのアイボリーの塗装がしてあって、ペンキっぽい質感。
事務所で強力なマグネット・クリップを探していた時に見つけて買ったんだけれど、届いてみると思っていた以上に好みで、事務で使うにはもったいなくて、家に持って帰ってきてしまった。
でも、持って帰ってきた日に、雑誌から破り取ったレシピ2枚を挟んで冷蔵庫に貼り付けたまま、そのレシピのこともクリップのことも忘れ去ってしまっていた。
(毎日見る冷蔵庫も、扉の中はよく見るけれど、扉表面は死角。)
普段目に入らないものが目に止まったのは、大掃除シーズンだからか。


ああ、また4時。
しかもまだお風呂の中。
早くお風呂から出て寝なきゃ。
(今晩は、さっきジャック・スパロウを見ながら1時間半ほど眠ってしまったので、気持ちはまだ2時半。)
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by karino-tohko | 2007-12-30 04:19 | 日記 | Comments(0)
2007年 12月 29日
ベッドに行けない?
相変わらず停滞中。
書きたいけれどことばが出てこないなあと思いながら前に書いた記事を眺めていて、気が付いた。
携帯から投稿したブログ記事の送信時刻を見ると、午前2時頃から3時過ぎまでの時間帯が多い。
午前4時をまわってからのものも。
普段は朝7時半過ぎには起きないといけないので、4時過ぎに送信すると、直後に眠ったしても、睡眠時間3時間半。
でもたいてい、送信してから着替えて歯を磨いて明日のお米を洗って…というふうなので、普段でも4時間ほどしか眠っていないのに、その合間に、3時間くらいしか眠っていない日があることになる。

中学・高校の頃から寝つきが悪く、たいてい布団に入ってから2時間3時間は眠れずに寝返りばかり打っていたけれど、30代半ば頃から、ベッドに入ってものの5分もしないうちに熟睡できるようになった。
また、以前は天井を向いて寝ると、内臓が重かったり胃が引き伸ばされるような感覚があったりで落ち着かず、決まって横を向いて寝ていたけれど、ちょうど、すぐに寝付けるようになった頃から、横を向いて左右不均衡な状態で眠るよりも、天井を向いて寝た方が体が安定して落ち着くようになった。
ずいぶん健康的になったものだと思っていたけれど、もしかしたら、寝付くのが早くなったわけではなく、ベッドに行くのが遅くなっただけ?

『どうして私、片づけられないの?』に、「ADHDの人は、切り換えができず、寝る時間になってもぐずぐずしてなかなかベッドに行かない睡眠障害がある場合が…」 というようなことが書いてあって、「これも睡眠障害??」 と驚いた記憶がある。
(他の本だったかも。)
ずっと以前Onさんに、
「それは、その一日に満足していないからじゃないの? 今日はもう充分やった、という満足感がなくて、まだ何かやり足りないような、やり残しているような感じがあって、その一日を終えることができないんじゃないの?」
と言われて、はっとしたことがあった。

そう言えば、すぐに寝付けるようになった30代半ばと言えば、ちょうどこの仕事に就いた頃だ。(@@)
(今まで気が付かなかった。)
その頃から、ベッドに入るのが日常的に遅くなってきたのかも。
まあ、それまでは週休3日で、平日は仕事帰りに毎日のように数時間、好きな雑貨店や書店やギャラリーを覗いて散々好きなものを眺めて、長い週末は気を遣わないでいられるメンバーで集まって好きに過ごしていたのが、ここに来てから生活ががらっと変わって、朝から夜中まで息の詰るような事務所に座り続けて、休みもあまりなく、たまの休みも普段手付かずの家のことだけで終わって、そりゃあ、「まだ何かやり足りない」「この一日をまだ終えたくない」 と思ってしまうのも無理はないかも。

まずは、仕事をもっとちゃっちゃと片付けて、自分の時間を取れるようにしないと。
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by karino-tohko | 2007-12-29 19:12 | A-spectrumの脳みそ | Comments(0)
2007年 12月 28日
Rの好み
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Rが買ってきたタバコ。
ライターなどのオマケが好きらしく、よくこういうセットを買ってくる。
特に下のNoireの細やかな花柄が気に入っているようで、新しいセットを見つけるたびに買ってきては、私にくれる。
全然私には似合わないし、私の趣味でもないんだけれど (上のラッキーストライクのデザインの方がずっと好み)、この花柄がRっぽいので、Rの分身のような感覚で持ち歩いている。

男の人が女物の傘などをさしていて「奥さんのですか?」と聞かれるような場面がありそうだけれど、女性っぽい繊細なデザインのものや花柄のものを私が持っていて「Rさんの?」と聞かれたことがある。
まあ、実際Rのだったんだけれど。
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by karino-tohko | 2007-12-28 04:13 | Comments(2)
2007年 12月 28日
スケジュール表
先月分を締めて、今年最後の税理士の巡回が終わった。
支払い作業もだいたい終えて、20日締めの請求書もなんとか全部発送。

しなきゃいけないことをメモ用紙に日付ごとに書き出したおかげで、月末まであと何日あるのか、先送りできる日があるのかどうかが目で確かめられて、なんとか年末までの仕事をこなすことができた。
携帯スケジュールだけだと、アラームで気付かせてくれるのはいいけれど、全体でどれだけの仕事があるのか把握しにくくて、その日できなかったことをどんどん先送りしてしまうので、いつも最後に収拾つかなくなっていたよう。

しばらくは携帯スケジュールと紙のスケジュールを併用して様子をみてみよう。
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by karino-tohko | 2007-12-28 03:59 | Comments(0)
2007年 12月 27日
カード
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家に帰ると、艶消しの深い赤色の封筒が届いていた。
裏を見ると、ブラジルのCaから。
クリスマスカードだ。

毎年、外国宛には早目にクリスマスカードをと思いながらも間に合わず、結局外国にも年賀状の葉書で、大晦日あたりに新年の挨拶を出している。
クリスマスをとっくに過ぎて新年気分が消えて普段の日常に戻った頃に届くカードはどうかとも思うんだけれど、それでも出さないよりはいいかな、と。
(外国の人に間違った日本の風習を伝える結果になっているかも。)

で、暑いクリスマスを迎えるCaが、ずっと以前こちらにいた頃に一緒に勉強した日本語で丁寧に書いてくれたカードの最後には、
「女はにほんごをおぼえています。」
!?
唐突にヌーヴェル・バーグのような世界に投げ出されて驚いたけれど、どうやら、以前習った「女」と「私」の漢字がすり替わってしまっているよう。
惜しい、もう一息。
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by karino-tohko | 2007-12-27 02:15 | Comments(0)
2007年 12月 25日
タルトとローズソルト
24日分。
日曜日同様、仕事に向かうRと一緒に起きて、一階へ。
ファンヒーターの前はぽかぽかと気持ちいいけれど、昨日の失敗は繰り返すまいと転寝の誘惑を振り切って、洗濯している間にDVDのダビングをしながら携帯で昨日の日記書き。
(眠るよりは建設的?)
三杯目の洗濯機を回している間に、昨日半端に終わった買物へ。
Rに 「ケーキはどこで買ったらいいかな」 と訊いたら、「デパートは?」。
そっか、小さいデパートだけどそういえば有名な洋菓子屋さんがいくつか入ってた気がする。
それなら、歩いて行ってそばのスーパーで昨日買いそびれた食品を買って、帰りにデパートでケーキを買えばいいか。

先に家から近いデパートの中を通って様子を見ておこうとケーキ売り場に行くと、昨日の食品売り場の比ではないすごい人ごみと行列。
どこかすぐに買えそうな店は、と見ていたら、最近入ったと聞いていたタルトの店が、商品がほとんど売り切れてウィンドウの中がほぼからっぽになっていたせいか、すいていた。
5種類ほどが1~3カットずつくらい残っているだけだったので、「後で取りに来るので取っておいてもらえますか?」 とお願いして、4カット注文。
注文する段になって、なぜすいていたのかがわかった。
高い!
でもとてもおいしそうなので、たまにはいいか、と購入。

スーパーで鶏や牛乳やミニ鏡餅を買った後にタルトを取りに寄った時には、追加の商品が到着したとかでたっぷり補充されていて、その店にも行列ができていた。
さっきはなかったすごくおいしそうなのがあったので、それも追加してもらおうかと思ったら、それはとりわけ高くて1カット900円弱!
初めての店だし、似た感じのを買ってあったので、まずはそれを味見してからにすることにした。

帰って、洗濯を干したり昨日使った食器を洗ったり (箸だけは災いが起こらないように洗ってあった) にちにちのことをしてから、夕方4時前から会社へ。
会社分の年賀状の表書きの印刷を終えて、ひとつ小さな肩の荷が下りた。


夜家に帰ってから、チキンとタルト。
とてもおいしかった。
チョコは濃厚で、ムースはもっちりコリコリしていて、チーズはコクがあって、フルーツはジューシー。
それぞれ層になっているので味や食感に変化があって、食べ応えあり。
食感がしっかりしていて「食べた!」という満足感があって、普通のケーキより好きかも。
(ケーキは満腹になる前に口が飽きてしまうことがある。)
値段も、ケーキよりもボリュームや満足感があるので、割高な感じはしない。
あの900円近いのも食べたくなってしまった。
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プレゼントをゆっくり探す時間がなかったので、お風呂が好きで肩こりのRに、バス用のローズソルトをプレゼント。
天然のままの岩塩で、きれいでおいしそう。
お風呂に入れる前に思わず舐めてしまった。
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by karino-tohko | 2007-12-25 20:32 | Comments(0)
2007年 12月 25日
「東京の嘘」
Rがまた、「24」を借りて来はじめた。
今度はシーズンVI。
このバタバタと落ち着かない中で、またしばらく毎晩見続けるのか。
なぜこの時期に。

そして、『24』を見るだけでも忙しいのに、レンタルショップに行くとたいてい他の映画も一緒に借りてくる。
昨日Rが『24』と一緒に借りてきたのは、『東京の嘘』。
聞いたことあるようなないような…と思いながらディスクをセットして見始めると、
「Professor's blog」。
ん? プロフェッサー?
プロフェッサーって…
「島田雅彦だ!」

前に、変態教授役で出てるって聞いたやつだ。
変態教授は、まさにRのハマり役。
でも、島田雅彦、なんだかおっさんくさい。
色気がなくなってる。
稚拙な演技のせいか。
見た目も話すこともあんなにRに似ているのに、Rと違ってずいぶん芝居がヘタ。
そこがまた青二才っぽくて、その不器用さ、その抜け切れない生っぽさが、なんともたまらないけれど。

作品自体は、商業映画ではなく、自主製作フィルムに近い感じ。
演技もカメラもセリフも、素人っぽい。
(出演者も知らない名前ばかりだったし、もしかしたら実際そうなのかも。)
すぐに集中力が切れて、映画を見ていると言うより、
「わかった、おまえと違って、鼻の頭より小鼻の位置の方が高いんだ」
「もしかしたら、おまえより肩幅狭い?」
と、間違い探しのように、島田雅彦とRを見比べてばかり。
おかげで、Rとの違いが具体的にわかってきた。
(実際に会うことがあったら、どっちがRでどっちが島田雅彦なのか私には見分けられないんじゃないかと思っていた。マジで。)

(それだけ似ている、ということではなく、それだけ私の脳がおバカだってことで。)
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by karino-tohko | 2007-12-25 03:02 | ARTS、CINEMA、BOOKS | Comments(0)
2007年 12月 24日
年末の連休
日曜日。
先週洗濯かごを空っぽにできなかったのに、また平日の間ずっと洗濯し忘れていて洗濯物が溢れていたので、仕事に起きたRと一緒に朝8時前に起きて、洗濯。

もう年末まで日がないから、そろそろ本腰を入れなければと思うけれど、先に会社の仕事を片付けてしまうべきか、それともせっかくの年末の連休なんだから、普段なかなかまとまった時間がとれない家のことに集中しようかと迷い、何から手を付けようかと考えているうちに睡魔が…。
寝逃げしている場合じゃないと思いながらも、洗濯が終わるまでならいいかとファンヒーターの前に丸まって、ぬくぬくとろとろ。
洗濯終了を知らせるブザーが鳴っても、あまりに心地よくて起きられず、「準備を整えて年を越すことよりも、満ち足りた健康な心で年を越すことの方が大事だろう」と、気持ちいい居眠りに強引な理由を付けてそのままもう一度眠り続け、途中でいったんふらふら起きて洗濯を干したものの、結局昼までうとうと。

昼前にRからのメールで目が覚めて、このままでは家にいても眠って一日が終わってしまいそうだと思い、明日のクリスマス用の鶏とシチューの材料と雑煮用の丸餅だけぱっと買ってから会社に行こうと、起き上がった。
台所に行くと、流し台の半分を空き缶が埋めていたので、満杯になっている勝手口の外の空き缶入れのゴミ袋を昼間のうちに入れ替えようと、庭へ。
いったん外に出るとスムーズに出かけられる気分になって、一番近くにある店にさっと行ってさっと帰って来ようと、歩いて近くのデパートへ。

朝は雨模様だったけれど、いつの間にか雲も晴れて日も射していて、雨のおかげか寒さも和らいで、穏やかな日曜日の真昼。
裏道を通って行ったので、あたりはいつも通りひと気がなく、空っぽの通りに日差しがさらさらと降り注ぐばかりだったけれど、店に着いて自動ドアが開いた途端に、ひしめき合うほどの人々や大きな呼び込みの声に圧倒されて、クラクラ。

携帯にメモしてある材料を買おうとクラクラしながら売り場をまわるけれど、久しぶりの店内ではなかなか必要なものが見付けられず、やっと見付けた鶏の脚は食品売り場の横にあった鶏専門店ので、予想以上に高い。
やっぱりショッピングセンターのスーパーまで行こうか、でも今日向こうまで歩いて行ったら会社に行くのが遅くなるし、明日ショッピングセンターに出直そうか。でも道も駐車場も車でいっぱいだろうから、歩いてでないと大変だろうし、そうなるとケーキはどこで…。
しばらくぐるぐる考えた結果、明日ショッピングセンターに出直すことにして、それならシチューの素も牛乳もスーパーの方が安いだろうと思い、いつもの鶏の切り身とその店にしか置いていないR御用達のコーヒーとフリルレタスだけ買って、家へ。

家に着いてから、「あ、しまった…」。
向こうのショッピングセンターまで出直さなくても、今行ったデパートのすぐそばにも、センターに入ってるのと同じ大きなスーパーがあったんだった。
そこで全部買い揃えておけば、明日はケーキだけ好きな店に買いに行けたのに。
なんで忘れてたんだろう。

家に着くと、庭先で枯れきって黒くなっているキバナコスモス群が目に入ってきた。
これがあると庭が荒んで見えるし、会社に行く前にこれだけさっと抜いてしまおうと、少しだけ庭仕事。
ゴミ袋を取りにまわった横庭では、枯れたミョウガの葉がべろべろとあたりを被っていて、やたらあばら家っぽい。
同じところに降り積もっていても、蔦の枯れ葉は全然目障りじゃなく、そのままいい腐葉土になりそうなのに、ミョウガの枯れ葉はなんでこんなに貧相で荒んで見えるのか。
蔦の葉は来年のミョウガの養分になるよう残しておいて、キバナコスモスとミョウガの葉だけ片付けて、家の中へ。

Rから「まだか?」とメールが来たので時計を見ると、2時半。
お昼に送ったメールに2時に会社に行くって書いたんだった。
ご飯を食べて、急いで会社へ。
道路はどこもかもすごい車の量で、なかなか会社までたどり着けない。

今日中に会社の年賀状と20日締めの請求書を作ってしまいたかったけれど、できたのは、年賀状の裏面の原稿を作って刷ってもらうことだけ。

結局今日やったのは、洗濯と、空き缶用ゴミ箱の袋の入れ換えと、3点の買い物と、庭の枯れたものを抜いてゴミ袋に入れるのと、会社の年賀状の原稿作り。
洗濯以外は、どれも5分から10分で片付きそうなものばかり。
自分が一日にこなせるものの量がわかっていない。
(まず、ファンヒーターの前のクッションを撤去すべきか…。)
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by karino-tohko | 2007-12-24 10:56 | Comments(2)
2007年 12月 21日
「この脳を持って幸せかどうか?」
停滞中。
やんばる先生のブログ「意味不明な人々-発達障害(ADHD、アスペルガー)と人格障害に取り組む」にあった 「この脳を持って幸せかどうか?」 という問いかけに、停滞していたアタマがちょっと反応。
そのことばに、ニキ・リンコさんの講演で聞いた 「たまには思う存分やらないと自閉症に生れてきた値打ちがない」 ということばを思い出した。
「細部に対するいとおしさ、役に立たないごみ溜めのような記憶に、たまには浸る。
こういう私に生まれて来てよかったと思いながら死ぬためには、本来の生理条件で生きて、本質と共存して…」
(リンコさんの講演の覚え書きより)
(…だったかどうか。講演を聴きながら書き留めたメモが半端なので、最後の一節は違ってるかも。)


やんばる先生に質問された人や先生の話のポイントとはズレるけれど、私は、この脳を持って幸せだと思っている。今は。
と言っても、それを判断するのもこの脳だし、この脳しか知らないので、別のアタマだったらもっと楽でもっと幸せだったのかも知れないけれど。
以前はもっと生きることが辛くて、セルフエスティームがとても低くて、なんでこんな間違った場所に生れてきてしまったんだろうと何をともなく恨んでいた。
もう一度子ども時代からやり直せと言われれば耐えられないほど、イヤな記憶が多かった。
でもここまでやってきた今は、このアタマもそう悪くはないかと思っている。


子どもの頃、私はキタナくてうるさくて勉強ができなかった (となぜか思い込んでいたけれど、後になってから成績表を見たら、良くはないけれどそう悪くもなく、ごく普通だった。ただ体育と図工が「1」や「2」だっただけで。4年生から卒業まで3年続けて担任だった先生の私の扱いからか、なぜか自分はひどい落ちこぼれだと思っていた) ので、小学校の担任やクラスメイトからの評価が低く、自己評価もとても低かった。
以前は子どもの時代のことを思い出そうとすると、その時代がどす黒い水の底に沈んでいるように感じたほどに。

その後中学に入った頃に「自意識」というものが芽生えてきて、「自分」という独立した意識を感じ、「世界」と「自分」は別物だったんだと知って衝撃を受けて、
「他の人たちも、『自分』という意識をこんなふうに感じることができるんだろうか。世界をこんな風に認識しているんだろうか。それとも、私だけがこれを知ってしまったんだろうか」
と、不思議でならなかった。
今にして思えば、人間ひとりひとりに自意識があってそれぞれ考え内省して行動しているのは当たり前のことだけれど、その頃そのことに衝撃を受けていたということは、それまでの私は何も考えず、動物のように反射と本能と喜怒哀楽だけで生きていたらしい。
中学1,2年の頃の私は、まるで目の前に立ち込めていた霧がある日突然晴れるように、時々そうやって突然何かを理解して視界が開けて、急に世界の見え方が変わることが度々あって、
「私の成長の仕方は、踏み幅の広い階段を登るように、ずっと平らな道を歩き続けて時々急にガタンと一段大きく段を登るようだ。それまで見えていなかった何かを理解するたびに突然世界がガラリと変わって驚くけれど、他の人もこうなんだろうか。普通はもっと坂道を登るように徐々に成長して変化していくものじゃないんだろうか」
というようなことを図解付きで日記に書いた覚えがある。
その頃はそういった自分の変化 (世界の変化) がとても不思議で興味深く、でも、当時国語の先生から 「君なら卒業までに図書室の本を全部読破できる」 と冗談を言われたほど本を読みふけっていたにも関わらず、誰もその不思議な現象について何も書いていなかったので、それが自分だけに起こっている変化なのではないかと思ったらしい。
(数年前にある人から 「アスペルガーの人には、突然それまでと世界がガラッと変わって見えるような意識の変化が起こることがあるらしい」 というような話を聞いてそれだったのかと思ったけれど、一般の人はどうなんだろう。)
また、自我や自意識ができてきたことで、それらがうまく機能していなかった頃の自分の言動を思い返しては激しい自己嫌悪に陥ったり、その後も考えなしに口に出したことばや行為を直後に激しく後悔したりで、意識が目覚めて「物事を考え理解している自分」と客観的に見て「イタイ自分」との間で自己評価は安定せず、感情は泥沼化。
その意識の成長と前後して、ずっとバカだと思っていた自分が小学校入学時の知能テストで学年で一番だったと知って、じゃああの落ちこぼれ状態 (では実際はなかったんだけれど、確かに算数はLDっぽく、社会科などは雲をつかむようで流れが把握できず、アタマがいいにしては物事の理解が悪くて自覚が欠如していて不潔で忘れ物がとんでもなく多くて) は何だったんだろうと合点がいかず、何かおかしいと思い始めた。

その後中学・高校と、自意識が芽生えるにつれて何かにつけ周囲との違和感を強く感じるようになって、自分ひとりだけが、まったく別の世界に生まれるはずだったのに誤ってここに来てしまったかのように感じて、どこかにきっと私が生きるはずだった世界があるはずだ、どこかにきっと理解し合える仲間がいるはずだと信じ、いっそのこと早く死んで早くその自分がいるべき世界に生まれ直したいとまで思い、ここではないどこかを強く求めるようになっていった。
周囲からの無理解や嘲笑には、「私はあんた達とは違うんだ」「あんた達なんかに私が理解できるはずがない」 と硬いガラスを張りめぐらすように周りを見下すことで、なんとか自分を保つようになっていた。
そして、小学4年から6年の間私をバカにしていた担任に「1」や「2」を付けられていた図工が、中学になった途端に芸大出の先生から「8」から「10」を付けてもらうようになって、そういえば小学低学年の頃は私の絵だけ金紙を貼ってもらったり新聞に載ったりしたこともあったっけと思い出し、それまで絵を書くことは苦手で苦痛だと思っていたのに、いい評価をもらった途端に描くことが気持ちよくなって、行き場がなくなっていた気持ちを絵や詩を書くことで吐き出すようになっていった。


ああ、短く書くつもりだったのに、いつの間にか生育暦のようになってしまってる。
このままでは思いっきり長くなりそうなのですっ飛ばすけれど、そうやって、息が詰りそうな小さな世界の中で絶望して潰れないように必死で自分を支えていたけれど、その後居場所を見つけて、虚勢を脱ぎ捨てて自然に息ができるようになって、自分を肯定できるようになって、失敗を繰り返しながら世の中のルールも覚えて、ようやく、なんとか自分なりにやっていけるようになってきた。

アスペルガーやADHDがあるために、今も会社での人間関係のトラブルは絶えず、仕事もいつもアップアップしていて、家もぐちゃぐちゃで、物事を引き延ばして問題を先送りしてきたせいで損失も大きく、取り返しのつかないことも多々あり、時々激しく気が滅入るけれど、それでも 「この脳を持って幸せだ」 と思えるのは、「細部に対するいとおしさ、役に立たないごみ溜めのような記憶」 に浸る快感があるからだろう。

簡単な目玉焼きや納豆ご飯がこのうえなくおいしくて、毎晩それでも満足で、暖かでとても肌触りのいい布団で眠れて、それがたまらなく幸せで、そうやって食べることと屋根の下でその布団で眠れることは本当に奇跡のようで有り難くて、そのうえ、その家が自分の好きな色や素材で出来ていて、しっとりとした凹凸のある艶消しの壁の塗装も、滑らかなタイルの丸みも、かさかさと乾いた光を放つ白い漆喰も、ドアノブの真鍮の柔らかなカーブも、ぽってりとペンキが塗られたドアの手触りも、そこに嵌められた薄いガラスも、そのガラスを支える細い木枠も、その木枠に留められた小さな螺子も、螺子の周囲に微かに浮いた木屑も、何もかもがいとおしく、心地よく、それら無数のものに囲まれていて、書斎には無数の本があって、写真集や絵があって、音楽や映像があって、何時間でもそれらに浸れて、それらを思い起こすだけで、震えるような感動や、抑えられない昂ぶりや、頭が真っ白になるような恍惚を感じられて、そんな作品の記憶がなくても、ひとつひとつ選り分けたガラスビーズの色や、斜めに射し込む西日や、夏のテーブルの上に置かれた冷えた牛乳パックや、そういった遠い記憶のかけらにいつまでもうっとりと浸っていられて。
その感覚は、本当に何にも換えがたいものだと思うし、その脳内麻薬があったから、潰れずにこれまでやってこれたと思う。

このアタマに生れたからには、浸って満喫しないと値打ちがない。
本当にそう思う。
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by karino-tohko | 2007-12-21 21:36 | A-spectrumの脳みそ | Comments(29)