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2008年 08月 13日
逝去一年の礼拝
f0000211_1854865.jpg日曜日に、去年の夏に亡くなった友人の、逝去一年の礼拝に行ってきた。
去年の夏と同じ、緑豊かな通りにある古い美しい教会。

礼拝が行われた壁際の小さな祭壇には、お通夜の時にあった遺影ではなく、画家であるつれあいの方が描かれた絵が置かれていた。鉛筆で丁寧に書き込まれた、伏し目がちの横顔。
お通夜の時の微笑んでいた遺影は、最初、こういうお顔だったっけ、と、記憶の中のその人の面影を探って記憶がその写真に重なるまでに少し時間が必要だったけれど、その絵は見た瞬間に記憶の中のその人に重なった。
相貌失認症ぎみの私は、目の前にいない人の顔を思い出そうとしても、目尻の睫毛のそり具合や鼻の下のシワなど細かなパーツばかりが浮かんで顔全体は思い出せないことが多くて、その人のこともどんなお顔だった頭の中で像を結んでいなかったんだけれど、その絵を見てからは、頭の中ではっきりとその人の顔を思い浮かべられるようになった。
不思議。


一緒に礼拝に出たHさんの、「今もあのページを開くとこの人の新しい書き込みがあるような気がする、あっても不思議でないような気がする」と言うことば(少し違うかも。すみません)に、言葉は交わしていたけれど一度も顔を会わせることのないまま亡くなった人の死はどんな風に受け止められるものだろうかと思った。
その人が亡くなった時の日記にも書いたけれど、私はその人とインターネットで知り合って、私にとってのその人の大部分はメールやネット上に書かれたことばで形作られていたので、生前、もしこの人が亡くなるようなことがあったとしても、誰か他の人がこの人の名前を使って似たような口調で書き続けたとしたら、私にとってはこの人が生き続けていることと変わらないんじゃないだろうかと思えていたので(まさに、昨日書いた手紙の主の記憶のすり替えのように)、Hさんの今の感覚はそれに近いものかもと思えて。
でも、実際に訃報を受けた時には、そのショックや喪失感は自分で思っていた以上に大きくて。大きいけれどはっきりしなくて、とまどうばかりで。
数回会って話すことで何が変わったのか、自分でもよくわからないけれど。



f0000211_186307.jpgちゃんと書きたいんだけれど、このところどうも文章を書く回路がうまく働かない。書けるようになったら書こうとおいていたけれどその兆しが見えないので、覚えているうちに書き留めておこう。

去年書いたものを読み返しても、自分で書いたものとは思えない。

去年の日記
「友人のこと」
「友人のこと 2」

(右の写真は偶然撮れたもの。礼拝が始まる前に携帯電話のカメラの設定を変えていたらモニタにこの絵が映ったので、「え? 何? どこが映ってるの?」と思いながらシャッターボタンを押した写真。私の目の高さからは背当てに遮られて見えなかった、前の列の椅子に置かれた賛美歌集と、あの人が好きだった賛美歌の譜面が写っている。
上の写真も携帯電話で。なんだか油絵っぽい。)

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by karino-tohko | 2008-08-13 18:15 | 日記 | Comments(2)
Commented by at 2008-09-01 18:48 x
言葉は交わしていたけれど一度も顔を会わせることのないまま亡くなった人の死は、
これからも絶対に会うことが出来なくなってしまったということです。
「二度と会えない人」になるかもしれなかった彼女は
私には会うための心の準備がいる人で、私はその準備をしていました。
でも結局「二度と会えない人」になれなかった。
一度も会えない人のままです。
それが私には「変わらないこと」になってしまいました。
私は彼女と会うためにしていた準備をまだ続けています。
もう決して会うことはないので期限もなくなりました。
区切りが無くなってしまいました。
Commented by karino-tohko at 2008-09-02 22:05
Hさん
何度も読み返しました。
去年この人が亡くなった時に、なんとも言えない、自分が何を喪失したのかも不確かなつかみどころのない喪失感を感じたのですが、
Hさんが失ったものは、それよりももっと消化しきれないもののように思えます。
うまく言えませんが、「人」というものの輪郭(「その人」というものはどこまでが「その人」なのか)を思います。
これから歳を重ねるにつれて私もこれまで以上に人との別れを重ねていくことになりますが、
人が亡くなるということが、いまだにはっきりつかめていません。
誰でもそうなのかもしれませんが。
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