「この見当識障害が、認知症の症状のなかで最も恐ろしいと私は考えています。
見当識障害では、場所、時間、人の順にわからなくなっていきますが、最終的には自分が誰かわからなくなります。
つまり、アイデンティティを失うということです。」
「認知症の人の徘徊には、実は二種類あります。
ひとつは、神経系の障害でじっとしていられないためにする徘徊。
もうひとつが、失われたアイデンティティを求める行為としての徘徊です。
単に道に迷ったというのではなく、徘徊という行為の根底には、自分の居るべき場所、家庭や職場や故郷を求める気持ち、失われつつある自分を求める心があるんです。」
佐藤眞一
どこに書かれていたものだったか忘れてしまったけれど、何かで目にして覚えに書き留めておいたもの。
お父さん、自分が誰なのかわからなくなってしまうのか。
どんなに不安だろう。
また父親の認知症が悪化した。
毎晩夜中に起きておかしなことをするようになったらしい。
緊急時に1、2泊預かってもらっていた施設では、もう預かれませんと断られたとのこと。
まだ体がしっかりしていない母親が振り回されているのが心配。
さっきtwitterに、NHK Eテレで認知症ケアの番組があると流れてきたので、今、事務所でケータイで見ていた。
うちの父親は、もう、こんなふうに思い出話ができる状態は過ぎているなあ…とますます滅入りながら。
それでも、今度帰省したら、昔好きだった音楽やカメラの話でもしてみよう。
何か記憶の引き出しを開けるきっかけになるかも知れない。
写真は、4月の片付け時に出てきたリングノート。
手を広げたくらいの正方形に近いサイズで、水色の用紙に水色がかった緑色の「罫線引き」の罫線。
前にもらった整理法の本でノートを使ってのスケジュールやTO DOの管理方法を読んで買ってきて、でも結局そのままになっていたもの。
両親を見ていると同調してしまって、自分の残り時間もあとわずかに思えて仕方ないけれど、冷静になろう。
まだまだ先は長いかも知れない。